ちょっと、びっくりすると思います─そう言って、西田惇は僕の腕に血圧計のような帯を巻きつけ、同じものを自分の腕にも巻いた。2人の腕がケーブルで繋がれる。
その瞬間、僕は意図せずに、自分の拳を握りしめていることに気づく。隣で西田が微笑みながら手のひらを閉じていた。今度は西田がゆっくりと手を開く。その動きに同期して、僕の手が勝手に開いていく。電気のせいで少し腕に痺れを感じるが、痛みはない。ただ単に、自分の身体が他人に乗っ取られている感覚があるだけだ。
「びっくりする、なんて程度ではありませんでしたよ」と思わず僕は口にする。「こうして驚いてもらえるのが、何より嬉しいですね」と彼は言う。「驚いたということは、新しい発見が得られたということですから」。たしかにそれは、自分の手が自分のものであるという現実が、たった1台の機械によって崩されてしまった瞬間だった。
その機械の名前は「bioSync」という。西田が筑波大学で開発したプロダクトだ。
「実は2つを繋いだケーブルに意味はないんですよ」と彼は笑う。「『マトリックス』をヒントにしたんです。相手と繋がっている感覚が視覚的に強化されるので、そういう効果はあるはずですが」。
武士はSFの夢を見るか
SFが好きです、と言う西田の机にはBB-8やストームトルーパーの玩具が、研究室の棚には『攻殻機動隊』に登場するタチコマのフィギュアが置かれている。『攻殻機動隊』は「電脳化」という脳とコンピューターを繋ぐバイオネットワーク技術が実用化された社会を舞台にするSF作品だ。bioSyncも電脳化のように、人間の身体を機械で制御する。「自分でつくった回路が人の身体に介入できると知ったときに、これはおもしろいと思いました」。
SF好きの西田のデスクには、電子回路や半田付けのための機器が並ぶほか、BB-8やストームトルーパーのフィギュアも置かれている
1991年奈良県生まれの西田は、小学生のときから半田付けや電子回路をつくって遊んでいたという。中学生のときに自ら科学部を設立。人の動きを認識するカメラや、生体信号を計測する回路、さらにそれでコンピューターを制御するユーザーインターフェースをつくった。現在在籍しているサイバニクス研究センターのことは、センター長を務める山海嘉之教授の外骨格スーツを通じて高校生のときに知った。
「身体機能とコンピューターサイエンスを掛け合わせた研究がしたかった自分にぴったりだと思いました」。
自分の手で社会を変えるような研究を続けたい、と語る西田は、自らのロールモデルとしてイーロン・マスクの名前を挙げる。「夢物語のようなアイデアを、実現までこぎつけようとしているところはすごいと思います。彼はニューラリンクという、脳とコンピューターを接続するための会社もつくっていますよね」。
その日の彼はネイビーのシャツの裾をチノパンに入れた格好で、我々が到着したときには研究内容を紹介するスライドをすでに準備していた。自身の研究に対して大げさな言葉は用いず、わからないことは率直に「わからない」と認める。だが、その落ち着いた語り口のなかに、時折こちらがひっくり返るようなアイデアが混じる。彼のなかでは電子回路をつくるために数ミリの半導体をピンセットでつまむ作業が、「人間の身体と機械を融合させる」という壮大なビジョンに繋がっているように見える。