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共感のためのテクノロジー

bioSyncにはもうひとつ、「同期」とは別の機能がある。西田がスイッチを切り替えると、今度は手の震えが止まらなくなり、例えばスプーンで食材を掬うという、日常的な行為すら困難になる。「パーキンソン病を再現しています」と西田は言う。なるほど、とうなずく。僕はこの体験によって、パーキンソン病の患者が日常生活でどれだけ苦労しているか「わかってしまう」のだ。

西田はまた、「CHILDHOOD」という身体性変換スーツもつくっている。このスーツを装着すると、自分の手が5歳児ほどの手のサイズになり、視点が腰の高さになる。ものを掴むだけでも苦労し、大人は存在しているだけで威圧感を与えてくる。スーツを装着した状態で数分間歩き回るだけで、子どもがどれだけ不便な環境で生活しているかが「わかってしまう」。この「わかってしまう」体験を、西田は「マインド・ザ・ギャップ」と呼ぶ。「人と人の間で主体的・身体的な相互理解を促進させましょう、ということです」。


「子どもの手」を体験できる「CHILDHOOD」の外骨格。子どもにとっての物の掴みやすさなどを確かめることができる

僕たちは小さいころから「相手の立場になって考えなさい」と教わってきたはずだ。作家として、僕はその言葉に限界があると思っていた。人間の想像力は、実はとても貧弱だ。「パーキンソン病の患者の立場になりなさい」「子どもの立場になりなさい」と口で言われただけでは、実際に相手の立場になることはほぼ不可能だと思っている。僕たちは例えば、妊婦がどれだけ苦労しているのか、ハンディキャップをもった人がどう暮らしているのか、細かく想像することができない。想像ができないから、相手を思いやることができない。

西田の研究は「身体をハックし、人の視点を変える」という点で一貫している。その技術を使えば、生活を「便利」にするだけでなく、「不便」にすることもできるのだ。その「不便」を体感することによって、人々の創造性は拡大する。実際に、西田はbioSyncをデザイナーに使ってもらい、パーキンソン病の患者が使いやすいよう改良したスプーンを開発しているCHILDHOODを小児科の病棟で使ってバリアフリーを目指したり、保育士の研修会を行ったりもしている。これらは間違いなく、僕たちの想像力を拡張する試みだ。

さて、西田は来年、筑波大学の博士課程を卒業する。その後は別の大学に移り、研究を続けることが決まっているという。憧れの対象としてマスクやジョブズの名前を挙げ、現代アートにも思えるような作品を世に発信し続ける彼は、果たしてこれからどのような道を進んでいくのだろうか?

最後に僕は「自分の肩書はなんだと思いますか?」と訊いてみた。彼は迷わず「研究者です」と答えた。「つくって終わるだけではなくて、なぜそれが人の視点を変えるのか、そしてどう人の行動を変えたのかというところが気になります。技術が人にもたらす影響を調べることこそ、研究者の仕事だと思っています」。


Forbes JAPANはアートからビジネス、 スポーツにサイエンスまで、次代を担う30歳未満の若者たちを表彰する「30 UNDER 30 JAPAN」を、8月22日からスタートしている。

「Health Care & Science」カテゴリーで選出された、サイバニクス研究者の西田 惇以外の受賞者のインタビューを特設サイトにて公開中。彼ら、彼女たちが歩んできた過去、現在、そして未来を語ってもらっている



西田惇
◎2014年筑波大学理工学群工学システム学類卒業。現在同大学院グローバル教育院一貫制博士課程エンパワーメント情報学プログラム在学中。2016年より日本学術振興会特別研究員(DC1)、Microsoft Research Asia PhD Fellow,2017年より総務省戦略的情報通信研究開発推進事業(SCOPE)異能vation採択。ヒューマンコンピュータインタフェース、拡張生体技術、VR技術、ウェアラブルデバイスを用いた次世代インタフェースによる、人々の教える能力・学習する能力の最大化に基づく医療支援・デザイン支援・障害児支援に関する研究に従事。

文=小川 哲 写真=原田教正

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