世界38カ国、800万人が愛読する経済誌の日本版


大学1年生のころから西田を知る指導教官の鈴木健嗣教授は、彼のことを「武士のような学生」と語る。「決して口数が多いわけではないけれど、内に秘めたものを研ぎ澄ましている。自分に対する要求が高くて頑固だが、人の意見を聞く柔軟性があり、決断の責任はきちんと取る」。今年ドクターの最終学年を迎え研究室を引っ張る立場となった西田は、優秀なリーダーでもあるという。

現実的なものと夢物語。ピンセットと壮大なビジョン。研究者とリーダー。西田のなかには、これらの要素が矛盾なく同居している。そして彼の現在の目標もまた、2つの要素を結びつけることにある。

身体と意思が融合する未来


電気信号によって2人の身体感覚を融合するウェアラブルデバイス「bioSync」を使えば、筋活動を共有することで他者の身体的・感覚的特性を理解することができる

bioSyncの展望について訊くと、西田はこう答えた。「長期的なビジョンとしては、自分の身体の機能を他の人と交換する、あるいは他人と身体的機能を合成して一緒にタスクに取り組み、1人でできなかったことを複数人でできるようにするといったことができればと考えています」

メッシのドリブルとロナウドのシュートを掛け合わせることもできますね、という僕のくだらないアイデアに対して、彼は「それだけではないんです」と言う。「物理機能同士だけでなく、認知機能と物理機能を掛け合わせることもできるかもしれません。身体を動かすのは得意ではないけれど全体を見渡すのが上手い人が、運動が得意な人と協力してサッカーをするというように。これを『身体融合技術』と呼んでいます」。

西田が実現したいのは、人々がもつ固有の特性を生かして、協働できる社会だ。

「最終的にこの技術によって、年齢や性別、言語の違い、障害の有無があったとしても、一緒にデバイスをつけることによって身体機能を2人1組、あるいはN人1組で使い、協働できるような状態をつくれたらと考えています。これが実現すれば近い将来、スマホを使う感覚で人の身体機能にアクセスしたり、交換したりする時代が来るかもしれません。『疲れたからちょっと筋肉貸して』と」。

僕は想像してみる─疲れたシェフはアルバイトの両腕を借りて一流の料理をつくっている。引退したスポーツ選手が若い選手の身体を借りて現役に復帰している。インストラクターの動きと完全に同期した美しいダンスショー。そんな社会で、ある地下組織がデータベースにハッキングし、世界中の人々の身体の自由を奪ってしまう。だがそこで、世界でただ1人コンピューターと接続されていなかった元天才ハッカーが立ち上がる……。

これらは空想に過ぎないが、実際にbioSyncで自分の身体が他人と繋げられてしまうと、そんな未来も遠くないのではないかと感じてしまう(西田はbioSyncの危険性も認識している。例えば生体防壁機能や機械との「シンクロ率」を導入することが、安全性や運動主体性を保証するうえで重要になると指摘する)。

文=小川 哲 写真=原田教正

PICK UP

あなたにおすすめ

合わせて読みたい