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「まずは旬の食材をピックアップします。後は勝手に思いつく。そこは自分の感覚で、ここにこれを足したら、こうなるというように」顎に手を当てて、安田は考え込んだ。

「僕、食べるのが昔から好きなんですよ。父はフレンチのシェフなのでフランス料理も好きだし、お婆ちゃんの漬物や梅干しなんかも好きでした。色んなレストランで食べ歩きもしていて、スペインでは100万円くらい食べるだけに使ったこともありました。

三ツ星レストランも20軒くらいは回ったかな。あとは、空いた時間に色々と実験をしています。余った食材を捨てるのはもったいない。だから塩漬けにしたり、焦がしたり、発酵させたりして、保存食にするんです」

そういえば、店の奥には瓶詰がわんさか並んだ棚があった。


店内の奥へ行くと、瓶詰にされた食材がずらっと並んでいる棚がある。ここには安田が集めてきた食材や、料理の過程で出た食材の残りなどが保存・発酵されている。

「ほとんど捨てることはないですね。何らかの形で使います。そうして組み合わせていくのですが、僕は作ったものの味見はしません。食材、つまりパーツの味見はするけれど、完成品はしない」

不思議そうな顔をしている僕に、安田は丁寧に説明してくれた。

「全く同じものって作れないし、作ろうともしていません。その日によって微妙に違ってくる。材料も全く同じではありませんし。それに、レストランって食べ物だけじゃないと思うんです。食器、BGM、スタッフの雰囲気、内装や家具、その時来ているお客さん、天候、そういったものが集まって作り上げる、完成するものなんですよ」

つまりミュージシャンのライブのようなものですか、と言うと、ええ、と頷く。「その時しかありえない瞬間を、楽しんでもらいたい。だから味見はしません」

確かに事前に味見するというのは、ミュージシャンがライブで予め録音したものを流すような行為かもしれない。

「枠にはまってしまうのが嫌なんです。料理とはこういうもの、と決めつける必要はない。お客さんも物差しなしに、楽しんで貰えたらいいなと」そう言われて僕はしばらく考え込んでしまった。

いまはチェーン店やスーパーに行けばいつも同じ味の食品が食べられる。安心で豊かだが、知らず知らず一定の範囲から出ない食事を繰り返している。昔の食事は、そうじゃなかったはずだ。子どもの頃は、何を食べてもどんな味なのかドキドキする感覚があった。

初めてコーラを飲んだ時の衝撃、道ばたの葉っぱ を噛んでみたときの「お、意外と食える」 といった発見。いつの間にか忘れていたが、食には枠を外れた冒険の要素があり、それは楽しさでもあるのだ。

文=二宮敦人 写真=苅部太郎

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