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2018.08.20

上場よりも「ミッション」重視 ソーシャルエンジェル投資とは?

左から齊藤涼太郎(FULMA)、阪野思遠(LanCul)、黒越誠治、中村暖(DAN NAKAMURA)、吉田亮(「ホトカミ」を運営するDO THESAMURAI)


黒越は大学卒業後、キヤノンに就職した。しかし9カ月で退職して独立。オンラインショップを紹介するメディア事業を立ち上げて、毎日のように自分で取材に出かけた。自称、「発掘系の自慢しい」。いい商品を販売する小さな会社を世に広める仕事にやりがいを感じた。

取材でECサイト運営のノウハウが蓄積していくと、優れた商品を取り扱っているのにEC展開がうまくいっていない老舗企業の支援を始めた。資本の論理に疑問を覚えたのは、このときだ。

「経営者とは別に株主がいた老舗企業の再生を手伝いました。支援の結果、上場できるくらいの規模に成長。すると、株主が株を売却してしまった。新しい株主は経営者の価値観とは違って、儲け主義。経営者は、それまで守ってきたやり方を変えざるを得ませんでした」

いい経営をしていたのに、先代の借金を引き継いだために、家まで取られてしまった支援先もあった。

株を持つ人、お金を貸した人が、そこまで強い力を持つのは、はたして正しいことなのか──。黒越は、支援先が資本の論理に荒らされないように、プロテクションの意味で出資するようになった。企業再生では出資者が株式を100%持つケースが多いが、出資50%にこだわった。

「所有という概念を消したかった。50対50なら支配・被支配の関係でなくなる」

企業再生に加えて起業支援を行うようになり、たどり着いた答えの一つが、黒越が「シェア型ファンド」と名づけた投資スキームだ。

シェア型ファンドは、売り上げに連動して分配金を返済するレベニューシェア型の匿名組合出資のこと。仮に売り上げが伸びずに分配金を支払えなかったとしても、起業家に元本返還義務はない。担保や個人保証も不要。株式投資ではないため、投資家は株式の議決権など経営権には一切関わらず、エグジットの要求もない。起業家は投資家におもねることなく、低リスクでやりたいことを貫ける。

日本初のスキームだが、2017年4月に東北地方の起業家・経営者の支援や倒産を経験した起業家の再チャレンジ支援に取り組む一般社団法人MAKOTOや、18年1月に地方創生のプラットフォームである地方創生会議が利用するなど、すでにいくつかの団体に利用されている。

エグジットの義務もなければ、事業が失敗したときの返還義務もない性善説に基づいた投資。起業家にとっては夢のようなスキームだが、そのユルさが起業家の甘えにつながらないのか。黒越に疑問をぶつけると、「起業家にとっては、むしろ厳しい」と返ってきた。

「上場を目指すという限定条件がついていれば、起業家はそれに沿って判断すればいい。しかし、ゴールがなければ、『これは本当に自分がやりたいことなのか』と毎回、自問自答する必要がある。常に自分と向き合わなくてはいけないのは、けっこうキツいはずです。でも、そうした葛藤からしか、本当のイノベーションは生まれないと思っています」

会社と個人を合わせて、17年の社会的投資の総額は約5億円。同年には八王子市にて日本で初めて行われた、行政が民間資金を活用して社会的事業を行う「ソーシャル・インパクト・ボンド(SIB)」の組成にも、デジサーチと黒越個人で加わった。今後は、社会的投資をさらに加速させて、「10年で100億円」を目論む。

常識を打ち破る投資スキームを次々と展開する黒越。新しいスキームについて語るときの熱っぽい表情は、まさしく「発掘系の自慢しい」のものだった。


黒越誠治◎デジサーチアンドアドバタイジング代表取締役・創業者。適格機関投資家(個人)。長越ファウンダー。1975年生まれ。同志社大学経済学部卒業後、キャノンへ入社。2000年より現職。

文=村上 敬 写真=小田駿一

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