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リバネスCEO 丸幸弘

日本の民間企業で初めて子ども向けの先端科学実験教室を行ったリバネスを設立し、30社以上のベンチャー企業に投資してきたイノベーター・丸幸弘。支援するのは東証一部にも上場したミドリムシ研究会社のユーグレナや、コミュニケーションロボット「OliHime」を開発するオリィ研究所など、いずれも日本をリードするサイエンス・ベンチャーだ。

8月22日に発表される「30 UNDER 30 JAPAN」にヘルスケア&サイエンス部門のアドバイザリーボードを務めてくれた丸。大学院時代にリバネスを創業し、学業と事業に全力を注いできた20代だったという。

彼が「UNDER 30」時代を振り返って思うことは?

ベンチャーにしか変えられない世界がある

リバネスを起業したのは24歳、僕が修士2年の頃でした。15人の院生を集めて、事業計画よりも先に「日本のために、世界のために」という気持ちでつくったのがリバネスです。

事業を立ち上げた頃は子供向けの先端科学実験教室をやっていたので、今でも実験教室の会社だと思われることがありますが、それだけではありません。リバネスのモットーは「科学と技術をわかりやすく伝え、課題を解決する」。

そのためなら研究はもちろん、出版や教育、新規事業開発など、科学技術に関わることなら何でも事業に組み入れます。そうやって、色んな手段を使って課題を解決するのが僕らの仕事です。

リバネスが目指すのは科学技術の発展と地球貢献の実現すること。そのためにはまず教育から日本を変えなければならなかった。研究開発のためのお金が動きにくい日本の状況を、どうにかしなければならない。だから、教育をはじめの一歩にしたんです。

そうやって勉強をしながら事業を進めていたのですが、大企業に就職した友人たちはやっぱり羨ましかった。僕は奨学金で食いつないでいたから、大企業で稼いでいた友人に「丸ちゃん、奢ってやるよ」なんて言われたら、羨ましくならないはずがないですよ。

それでも僕はベンチャーを選んだ。ろくな事業計画もないまま仲間にとともにお金を出し合って、リバネスをつくったんです。多分、狂ってました。でも、そうわかっていながら起業したのは、大企業では見ることができない世界を見たかったから。大企業では変えられない世界があるから、ベンチャーが存在する。もしも大企業で僕らが思うように世界を変えられるのなら、最初からそうしているはずですもんね。

だから、僕らはどことも競合しません。他社に対しては「一緒にやろう」という姿勢を貫いて、僕らにしか提供できない価値を発信し続けています。

20代にかっこいい物語なんてなかった

僕にとって、UNDER30は人生で一番葛藤していた時期でした。自分は何者で、一体どこまで行けるのか。何もわからない。そこにカッコイイ物語なんてありません。

文字通り、寝る間も惜しんで、がむしゃらに動いていました。本当は休みたいけど、自分に言い聞かせながら、毎日進むしかない。行くか行かないかの二択じゃない、行くか、全力で行くか。道は一つだけなんですよ。クタクタになるまで働いて、家に帰ってもベッドに入る前に気づいたら寝てしまっている。そんな生活を本当にしているんです。これはいまのUNDER30も同じだと思います。

でも、20代のモヤモヤした時期にがむしゃらに頑張って過ごした人にしか到達できない世界が、絶対にあるんです。僕がリバネスの事業に全てを捧げると決めたのは、36歳。研究開発型ベンチャー向けのシードアクセラレーター「TECH PLANTER」を立ち上げた頃。20代の頃にあれだけ悩んでいた葛藤は30代になってもなくならなかったし、やはりがむしゃらに頑張るしかなかった。

けれどこの頃は、決して順調ではなかったものの、会社が潰れるかどうかを心配することはなくなっていた。ここまでくれば、あとはどこまで世界を変えられるかの勝負です。どれだけ世界を変えられるかが目標になる。30歳の頃とは違います。そこからが面白いんですよ。

だから20代の人には、30歳になってもまだしばらくは悩み続けるんだぞ、と伝えたいですね。けれど、それから6年程度で成功と失敗の分かれ道が訪れる。それまではとにかく突っ走ってほしいですね。

文=野口直希 写真=帆足宗洋(AVGVST)

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