2018年7月11日、1本のニュースが日本のスタートアップ業界を賑わせる。群雄割拠のレシピ動画をリードするサービス「kurashiru(以下、クラシル)」を運営するdelyが、IT最大手ヤフーの連結子会社になると各メディアが一斉に報じたのだ。
新しもの好きのメディアはこぞって「『世界No.1』にこだわる」「目指すは1兆円企業」とニュースの主役の言葉を伝える。そんな周囲の過熱をよそに、ニュースの主役・dely社長の堀江裕介はこううそぶくのだった。
「僕は今まで完璧に演じてきて、デカいことを言ってきた。すべては会社とメンバーのためです。でも、今からはそんな必要はない。これからは本心で経営する」
かつての“ビッグマウス”とは明らかに志向が異なる発言である。発言の真意はどこにあるのか。虚像と実像が交錯する堀江裕介の本心に迫る。
酷暑の東京、堀江は涼しげな表情でオフィスに現れた。「自分のために使うお金は興味がない」と公言し、「今時のIT系社長」とは異なりファッションへの関心は薄い。シンプルな白いTシャツに黒のデニムという出で立ちである。
1992年、群馬県出身。県立前橋高校から、慶應義塾大学環境情報学部に進学。2014年、在学中に同じ社名で起業するも、立ち上げたフードデリバリーサービスが失敗。満足な売上をあげることができず、サービスは停止状態になる。
それから約1年、流行していたキュレーションメディアの立ち上げなどの試行錯誤を繰り返す。そして2016年2月、再起を賭けたレシピ動画サービス「クラシル」を始める。
失敗期の堀江を知るオンラインゲーム企業「gumi」の國光宏尚社長は、彼が相談に来たときのことを覚えている。「堀江さんはとにかく1番になることに興味がある」ように見えたと語る。事実、堀江は撤退を決めたと公表するブログにこうつづっている。
「市場の原理からして、圧倒的なシェアを取り、1位にならなくては次第に会社や事業は衰退していくものだと思っています」
堀江がネット動画に目をつけたのは、國光への相談の後だったという。
なぜ、レシピ動画だったのか?
「失敗した彼に私が話したのは、マーケットサイズの話でした。私の話を聞いてから、彼は次なる大きなトレンドは動画事業である、と踏んだ。そこから、あらゆるジャンルの動画を作っていました。その中で一番反応が良かったのが料理。だからレシピ動画メディアを立ち上げたのです」
この決断が当たった。サービス開始から、1年後には約30億円の資金調達に成功。その2年後にはヤフーが93億円を投じて連結子会社化するまでになる。
尊敬する人物は孫正義とサッカーの本田圭佑と公言してはばからない。高校3年時に東日本大震災があり、孫が100億円の寄付をした姿をみて経営者を志す。
「次に世界が悲しみに包まれたとき、何かできる影響力を持った人間になりたいし、そんな会社をつくりたい」
本田とはもう何度も会い、今では普段から意見を交わす仲に。アマゾンプライムのオリジナル番組でも共演した際には、お互いをファーストネームで呼び合い、率直に夢も語り合った。
これまでの堀江の言動を追っていくと、明らかに孫よりも本田に影響を受けたことがわかる。この日のインタビューでも最初は堀江節全開で、“ビッグマウス”を連発していた。
いわく、最近出てきた中学校の卒業文集にも病気の治療の確立や世界から戦争を無くしたいと書いてあり「自分は変わっていないと思った」。
「僕も目標は大人になっても『世界平和』って言ってきて、本田さんと共鳴した。食のサービスなら『世界中の負の感情を減らすこと』ができる。みんながハッピーになることが目標。西日本豪雨を受けて、HIKAKINさんが募金を呼びかけたら、2億円を超える寄付金が集まった。企業が2億円集めようと思ったら、相当工夫しないといけない。めちゃくちゃすごいな、と。ああいう、ポジティブな影響力を持った経営者になりたい」