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放送作家・脚本家、「くまモン」の生みの親。


100年後を想像した都市計画を

熊本・天草生まれ、東京在住、京都をこよなく愛する僕が、もし、それ以外の場所に住まないといけなくなったら、どこに住みたいか? そう問われて思い浮かんだのは、「ポルトフィーノ」というイタリア北部の港町だ。

小さな漁港を取り囲むようにパステルカラーのレストランやカフェ、ブティックなどが立ち並び、著名人や資産家が訪れることで知られる。高台のベルモンド・ホテル・スプレンディドはセレブご用達だが、さらなるお金持ちは港に船をつけて、そこで寝泊まりするのだとか。今年の新型フェラーリも、この港町の名が冠された。

しかしポルトフィーノが今日のようなイメージで語られるようになってまだ100年にも満たない。そもそもは隔絶された素朴な漁村だったが、1920年代にドイツ人やイギリス人が観光地として開拓。やがて地元民も富裕層相手の観光を生業にすることを決意し、50年代にラグジュアリーリゾートの原型ができあがった。ポルトフィーノという地名は「イルカの港」を意味するラテン語に由来している。いまでもイルカはポルトフィーノのシンボルだ。

そういえば、故郷・天草にもたくさんの野生イルカが生息している。そこでひとつのアイデアが閃いた。天草の崎津集落も100年後を想像して都市計画を練ったら、すごく素敵なところになるのではないだろうか。崎津集落は、まもなく世界文化遺産に登録される「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」の熊本県内唯一の構成資産で、観光客は現在年間約8万人から登録後は約16万人を見込む。つまり今後は、世界遺産にふさわしいまちづくりとおもてなしが必須なのだ。

そこでまずは、唯一無二の宿として寿司オーベルジュをつくるのはどうだろう。海に面した宿は、毎日漁師さんからとれたての魚を直接買い上げ、宿泊客に振る舞う。宿が繁盛したら、魚の加工品も全国展開できるかもしれない。生産工場は、魚食文化を子どもに教育する施設「おさかなミュージアム」を併設し、全国の小学生を工場見学に招く。子どもたちはそこで魚の種類を覚え、さまざまな捌き方や美味しい食べ方を学ぶのである。

50歳を過ぎ、残りの人生を見つめたとき、僕も故郷に何かしらの恩返しをしたいとの想いを抱くようになった。崎津集落を誰もが訪ねたい場所にする、そんなタネを蒔く余生もいいんじゃないか、と。そのとき僕は、崎津に住むかもしれない。その地に暮らしながら、自ら血となり骨となる覚悟で周囲の人々も巻き込んでいくことでしか、その地は変わることができない。

重要なのは、目先の5年後などではなく、100年後。目標はポルトフィーノだが、天草は物質的なラグジュアリーではなく、心のラグジュアリーを目指す。その一歩をともに踏み出してくれるパトロンはどこにイルカ?

イラストレーション=サイトウユウスケ

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