ビジネス

2018.08.13 12:00

フランス「起業大国」への大旋回 マクロン大統領と異色IT長者の仕掛け

エマニュエル・マクロン大統領


しかし、シリコンバレーではヒーローになったかもしれないこの種の成功譚だが、中流の出身で正式な教育も受けていないニールは、フランスのビジネス界のエリートたちからは敬遠されていた。

成功しても祝福されず、むしろ問題児のように扱われるフランスの社交界で、ニールは「ポルノ貴族」と呼ばれ、エリートたちは公の場で彼と一緒にいるところを見られないようにしていた。ニールはそのことを話したがらない。当時を振り返り、「嫌なことはみんな忘れたよ」とだけ語る。だが当時のニールはフランスのビジネス界で海賊のように振る舞い、最終的には通信サービス企業の「イリアッド」を介して巨額の利益を手に入れた。


グザビエ・ニール

夢のような富を築いたニールは、13年にイリアッド株の3%を売却するなどして4億ドルを調達すると、自分と同じようなフランス人起業家の養成に乗り出した。政治的なリーダーシップがなければフランスを本当の意味で変えられないのも確かだが、民間セクターの用意が整っていなければ針一本動かせないのもまた事実。その点で、ニールはマクロンのおあつらえ向きのパートナーだった。

ニールはまず5700万ドルを使い、無料で学べる非営利の学校「42」をパリに開校させた。同校ではこれまでに3500人の生徒にプログラミングを教えてきたが、その40%は高校を卒業していない。

さらにニールはフランスのスタートアップを支援しようとキマ・ベンチャーズを創業し、経営者としてM&Aアドバイザーをしていたジャン・ド・ラ・ロシュブロシャールを招聘した。ド・ラ・ロシュブロシャールは投資先企業を選定し、資金を倍増させることを早々に提案するが、ニールは即座にはねつけた。

「私にはこれ以上の金は必要ない。キマを手がけているのはワクワクするし、役に立つし、ほかの誰もやっていないからってだけなんだ」。

キマは今や、世界で最も活動的なエンジェル・ファンドを自称する。ピッチブック社によれば、過去8年間で518件の投資を行った。

ちょうどこの頃、ニールはカリフォルニア出身のロクサーヌ・バーザと出会った。彼女はマイクロソフトのスタートアップ支援プログラム「ビズスパーク」を、フランス国内で運営していた。13年7月、ニールは「ボンジュール・ロクサーヌ」という件名のメールを彼女に送り、世界最高のスタートアップの場を探してくれたら費用は持つと申し出る。バーザからその場所の写真とメモが送られてくると、ニールはそれを建築家のジャン=ミシェル・ウィルモットに転送した。この最高の場所をさらに素晴らしいものにしてほしい、との指示をつけて。

「これは、完全な慈善活動だよ」と色鮮やかなクーンズの作品の横に立って彼は言う。入居した起業家たちは、このアート作品に「ユニコーンのうんこ」というニックネームを献上した。「こいつはプレゼントだ」。

マクロン大統領の“方向転換(ピボット)”
 
すでに、マクロノミクスは効果を表している。今年1月に労働改革法案が通るやいなや、フランスの小売り大手カルフールと自動車メーカーのグループPSAが4600人の雇用削減を発表した。当然ながらストライキは起こった。しかし、マクロンの経済顧問たちによれば、同じ時期に国外の企業による最大122億ドルの新たな投資計画が発表されている。

スタートアップの環境も改善されつつある。マーケットリサーチ会社ディールルームの最新のデータによれば、ブレグジットを巡る不確実性がロンドンのベンチャー投資を細らせるのをよそに、フランスのファンドは昨年、史上初めて欧州で最高額の資金調達を行った。

ただし、大局を見誤ってはならない。17年の時点で、フランスには10億ドル以上の企業評価額を持つスタートアップは3社しか存在しなかった。それに対してイギリスのユニコーン企業は22社、米国は105社だ。何十年も続いたアンチ起業的な文化は一朝一夕に変わるものではない。フランスのスタートアップ企業を訪ねて、誰かに聞いてみるといい。文化的な習慣やお役所の旧弊は、簡単には消えないのだ。

昨年、アントン・スーリエがパリで「ミッション・フード」を創業した時、最初はとんとん拍子に事が運んだ。ところがその後、1枚の請求書が舞い込む。料理の宅配を手がける彼のスタートアップは、1人も従業員を採用しないうちから2000ドル近い雇用税を払わなければならなかった。「バカげてるよ」と、彼は言う。

マクロンはこの問題に取り組んでいると話す。「起業家が支払わなければならない細々した税の多くを、基本的に廃止しているところです」と。しかし一部の起業家は、改革が実現する前にその機運が消えるのではないかと懐疑的だ。
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文=パルミ・オルソン、アレックス・ウッド 写真=レヴォン・ビス 翻訳=町田敦夫

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