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2012年、日本選手権に出場するも57秒64で予選落ち。このレースを最後に為末は現役引退を表明する

厳しい努力を「楽しい」と思えるようになるには、少しコツが必要です。僕が思うに、「楽しい」と思える状況は、自分が何らかの形で働きかけたことで変化が起きることです。

トレーニングでも勉強でも、退屈なのは何もフィードバックがもらえないとき。もし仮に誰からもフィードバックが得られない状況なら、努力する前に自分で仮説を立てて、1日ごとに小さな実験を繰り返していく。

それを検証してみると何らかの変化が実感できるはずです。例えば、ルーティンの練習の場合、ある日は腕振りを大きくしてみる、またある日はかかとを上げてみる、と変化をつけていけば、それは試行錯誤の連続になる。ただ漫然と1週間、同じ練習を繰り返したときとは全然精神的充実度が違いますよ。

これまでの経験を振り返ってみると、現役時代の葛藤や試行錯誤が直接的に今のビジネスに活きているかどうかはわかりません。ただ、「自分の存在を証明する」ことにこだわりがなくなったぶん、むしろ「僕は社会にとってどんな役割を果たせば、役に立てるのでしょうか」と周りに問いかけている感覚です。

ただ、現役時代からコーチを立てず、自分を客観視して、「自分がどうしたいか」よりも「論理的にどうすべきか」を考えるのがクセだった。それは2018年7月2日に設立した、株式会社Deportare Partnersの経営に役立っています。そして、どんなアプローチをすればモチベーションが高まるのか、相手にとってのモチベーションの源泉を考えることが身についたと思います。

そもそも、なぜ僕がコーチをつけないようになったかというと、誰かに何かを指示されるのが苦手だったからなんです。「やれ」と言われるとやりたくなくなるけど、逆に「やるな」と言われたらやりたくなる(笑)。

そうやって、自分自身でどんなときにモチベーションが高まるのかを試していたので、他人に対するアプローチも「どうすれば自発的にやりたくなる環境が整えられるのか」を考えることへ意識が向く。少なくとも、命令によって人が動くとき、その人が本来の自分を自発的に表現するものとは食い違っているから、持続させるのが難しいのではないか、と。

ですから、こうして会社を経営しているのも、事業に興味があるというより、永続的にモチベーションを自己生成しながら走りつづけられるにはどうしたらいいのか、そのシステムに興味があるからなんです。

そんな感じで、僕の20代を振り返ってきましたが、そもそも、僕は人より10年くらい出遅れている感覚があるんです。スポーツ心理学や組織論など本格的に本を読みはじめたのは30歳を過ぎてから。読みはじめて「なるほど、あれはこういうことだったのか」と腑に落ちることが多かった。もっとそういうのを早い段階で学習していれば、見えてきたこともあったのではないかと、少し後悔しています。でも、過ぎたことはしかたない。これからやっていこうと思っています。

ですから、何か20代の読者に言葉を、なんて、僕が言えることは何もないんですよ。ただ、自由にのびのびと生きていってほしいな、というだけ。

別に、座右の銘なんてあってもなくてもかまわないんですよ。決めたとしても、3年ごとに変えるくらいでいい。「こんな自分でいなければならない」と思わなくていい。20代はそのくらい、日々刻々と変わるものだと思います。


為末大◎1978年広島県生まれ。スプリント種目の世界大会で日本人として初のメダル獲得者。男子400メートルハードルの日本記録保持者(2018年7月現在)。現在は、Sports×Technologyに関するプロジェクトを行う株式会社Deportare Partnersの代表を務める。新豊洲Brilliaランニングスタジアム館長。主な著作に『走る哲学』、『諦める力』など。

文=大矢幸世 写真=小田駿一

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