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その後、カンボジアやベトナムのMF機関を対象に計7つのファンドを組み、どれも高い成果を出している。が、それ以上に注目すべきは、専従職員のいないLIPがMFファンドをつくったことだ。メンバーは本業をもち、空いた時間を使っている。つまり、各々の得意分野を組み合わせれば、「誰にでもできる」ことを証明したのだ。

これが五常・アンド・カンパニーを設立する前の話である。こうした試みのなかで、「なぜ貧困をなくす必要があるのか」という根源的な問いを彼は突きつけられていく。「カンボジアのMFの人と談笑しているとき、僕はウルトラマラソンで100kmを走ったという話をしたことがあります」

それで?と、慎に続きを尋ねて面食らった。彼はこう返されたという。

「100kmと聞くと、強制労働で農場まで歩かされた100kmの道を思い出す」

カンボジアの人々には消せない記憶がある。1975年に誕生したポル・ポト政権は、4年間で200万人と言われる自国民を虐殺した。「他国に支配されない、平等な社会をつくる」という理想は極端に針が振れた。人間を改造する目的で親子を分離。猜疑心と秘密主義の政権は、不満分子を生まないために密告社会をつくり、スパイの濡れ衣によって国民の多くが、収容所で拷問のうえに処刑されていった。

「隣の人に密告されて、家族が殺されたという人は大勢います」と、慎は言う。

だから他人を信用することがいまも難しい。農業技術が伝播しないのも、集団への恐怖心が農協のような組織づくりを阻むからだ。

何がポル・ポト政権を生んだのか。貧困、固定化された格差、大国に翻弄される政情など、「生まれたときから人生はどうにもならない」という思いがあったからだろう。格差の固定化は、危険な風潮を芽生えさせる。日本とて他人事ではないはずだ。だから、慎は「奨学金や事業用資金などへの金融アクセスは、機会の平等の重要な構成要素です」と言い続ける。「それがあれば、どこに生まれても、親が誰であっても、将来に対して希望をもつことができるからです」と。

では、この意義に賛同する協力者をどうやって増やしていくか。

14年夏、五常・アンド・カンパニーが創業した頃のこと。前出の津田大介と、エンターテインメント情報のニュースサイト「ナタリー」を運営するナターシャの創業者・大山卓也は、慎と食事をした。

津田はナターシャの設立メンバーだ。同社はネットメディアとして成長するため、大株主を探していたので、慎にファイナンシャルアドバイザーを依頼していた。慎は各種交渉を一人で担い、結果的にナターシャはKDDIの連結子会社となったのだ。そのお礼の夕食会で、大山は慎に「起業して、どんなことをするの?」と尋ねた。大山と津田は慎の話を聞き、「手伝えないかな」と、ナターシャ株の売却で得たお金を五常に投資して、株主となったのだ。

彼らが投資した理由は慎の理念もさることながら、次の逸話も関係するだろう。大山が振り返る。

「慎さんがつくる買手企業向けの資料が美しかったのです。業務概要や財務諸表分析をまとめた数十ページの資料は、見出し、フォント、級数、行間設定、グラフのすべてが細部まで考え抜かれていました。僕も編集者だからわかるのですが、彼は人にものをきちんと伝えることの重要性をわかっているんです」

五常の株主に、「台湾の松下幸之助」と呼ばれるAcerの創業者スタン・シーをはじめ、大物が並ぶ理由はここにあるだろう。「共感」や「優しさ」だけで人に行動を促し、社会を変えることはできない。プロとしてのクオリティ。それを、誠意をもって完遂できるかどうか。

五常のROA(総資産利益率)は5.29%を誇る。各国の市場下限水準の金利を採用しながら、市場平均の2.6倍を弾き出している。五常が行なうのは慈善事業ではなく、プロとしての戦い─。そう気づかされたのは、冒頭で触れたミャンマーの現地法人を訪ねたときだった。

文=藤吉雅春 写真=福島典昭

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