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世界38カ国、800万人が愛読する経済誌の日本版


10人が100人超に増えた

『ソーシャルファイナンス革命』は、慎の試みをベースにした金融の研究書だ。

きっかけは、07年の夏に彼が読んだジェフリー・サックスの『貧困の終焉』だった。経済学者のサックスが「貧困の罠」からの抜け出し方を提示しながら、先進国の人々に「行動」を問う本である。

その秋、慎はブログで勉強会を呼びかけた。「最初10人ほど集まり、次第に減りました」と苦笑する。ある日、勉強会のメンバーが新聞記事を持ってきて、「これなら日本でもできるんじゃない?」と提案した。西アフリカのトーゴのルポで、アメリカの「KIVA」という団体が、トーゴのNGOに融資しているという。

銀行と取引ができず、「その日暮らし」を強いられる人は世界に約20億人いる。道端でモノを売る人や、肥料や農機具を買えない農家などがネットで紹介され、支援したい人は融資先を選ぶ。例えば、融資を受けた女性はミシンを買うことで、経済的な自立の道が開ける。

ユヌスがノーベル賞を受賞して以来、こうしたMF投資ファンドやお金を出す人は世界的に増えている。では、この波はどうやったら日本に来るのか。

「まずは日本のビジネスパーソンにMFを知ってもらうことから始めようと、世界銀行東京事務所を紹介してもらい、世銀と共催でフォーラムをやることにしました」と、慎は言う。第一回フォーラムを08年11月に開催した。

「仕事での参加者を対象にしたかったので、開催を平日の午後に設定しました。ドバイのスタンダードチャータード銀行など海外の講師陣をビデオ会議に招き、投資としてのMFのパフォーマンスについて話してもらいました。世銀の同時通訳機を使い、日本語で説明する機会をつくれば、誰かしらMFの投資商品をつくるだろうと思ったのです」

複数の人が「会社で企画を通してみます」と、声をかけてきた。結果的にMFの商品は生まれなかった。だが、慎の勉強会が発展したNPO法人「Living in Peace(LIP)」に、フォーラムの来場者がどっと参加。そうして児童養護施設や里親支援を行うLIPは、会員数100人超の組織となったのだ。そのLIPが手がけたのが、日本初のMF投資ファンドだった。

どこで生まれ、親が誰であっても

フォーラム後、慎は「自分たちでMFファンドをつくりたい」と、大学院時代の同級生でミュージックセキュリティーズの社長を務める小松真実に提案した。同社はいまでいうクラウドファンディングの走りだ。小松が振り返る。

「僕たちは役割分担をしました。慎君たちはNPOなので商品の販売・勧誘は禁じられています。そこで、LIPがMF機関を探してデューデリジェンス(適性評価)を行う。僕らが投資家への説明から決済までを行うことにしたのです」

09年のゴールデンウィーク、慎は初めてカンボジアの地を踏んだ。世銀との縁から、「ここを訪ねてみたら」とカンボジアのMF機関を紹介されたのだ。彼は顧客名簿を手に農村をまわり、調査を始めた。「商売は何をされていますか」と、借り手である客に声をかけ、「鶏を飼っている」と言われれば、「何羽ですか」と聞く。実際に現場を見せてもらい、慎は頭のなかで返済がきちんとできるかを計算していく。彼の専門領域だ。

8月にも会社の夏休みを利用してカンボジアに行き、MF機関との契約にこぎつけた。これが日本初のMFファンドとなった。

文=藤吉雅春 写真=福島典昭

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