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2018.08.03

戦略思考の深み[田坂広志の深き思索、静かな気づき]

戦略思考とは何か。そのことを考えるとき、いつも思い起こすエピソードがある。それは、かつてエドワード・デボノが『水平思考の世界』という著書の中で紹介した、問題解決のエピソードである。

あるとき、米国の大都市にある超高層ビルのオーナーが、エレベーターの数が足りないという問題に直面した。

そのビルで働く人々の数に比べ、エレベーターの数が少なかったため、毎朝のラッシュアワー時に、なかなか来ないエレベーターに対して、人々の不満が溢れたのである。

そこで、「高速エレベーターに取り替える」、「建物の外部にエレベーターを増設する」、「勤務時間をずらす」など、様々な解決策が検討されたが、いずれも、コストや手間のかかる実現性の無いアイデアであった。

しかし、ある人物のアイデアが、この問題を見事に解決した。それは、エレベーターのドアの横に「鏡」を置くという解決策であった。

この方法を導入した結果、エレベーターを待たされる人々は、鏡を使って、身だしなみを整えたり、自分の外見を見つめたりすることに時間を使えるため、エレベーターを待つ時間が、あまり苦にならなくなり、不満は解消されたのである。

このエピソードは、問題解決に取り組むときの戦略思考について、大切な心構えを教えてくれる。

我々は、いつも、問題解決の鍵を、「最先端の技術」を使ったり、「革新的な制度」を導入することに求める傾向があるが、その本当の鍵は、しばしば、「人間心理の機微」を理解することにある。

そして、このエピソードは、問題解決の戦略思考について、もう一つの心構えも教えてくれる。

例えば、ある会議で、メンバーが、河に架ける橋を、吊り橋にするか浮き橋にするか、木造にするか鉄筋にするかで大議論をしている。しかし、その議論に冷静に耳を傾けていた一人のメンバーが、訊く。

「もし、この会議の目的が、人や車が、どうすれば河を渡ることができるかを考えることであるならば、橋を架けることだけが解決策ではないだろう。この場合、通行量の少なさと総コストを考えるならば、フェリーを運航させ、それで人や車を渡すことも考えられるのではないか」

たしかに、その通り。もし我々が、与えられた問題の本質が「いかにして河を渡るか」であると理解するならば、その解決策は、橋を架けることだけではない。船で渡ることでも、地下トンネルを掘ることでも良い。さらには、ロープウェイを通すことや、飛行船で渡ることなど、どこまでも柔軟な思考が可能になる。

実は、こうした「視点の転換」や「視野の拡大」による問題解決の心構えを、戦略思考の世界では、昔から、次の言葉で象徴的に語っている。

橋のデザインを考えるな。河の渡り方を考えよ。

冒頭に述べたエピソードは、この言葉のごとく、「エレベーターのことを考えるな。人々の心理的苦痛を和らげる方法を考えよ」と視野を広げ、問題の本質を見つめた瞬間に、卓抜な解決策が見えたのであり、これもまた、「視野狭窄」から抜け出し、本質思考に戻ることの大切さを教えている。

そして、我々の戦略思考が壁に突き当たるとき、実は、多くの場合、この「視野狭窄」が原因になっている。

しかし、この戦略思考の二つの心構え、真に難しいのは、「視野狭窄」から抜け出すことではない。「人間心理の機微」を理解することである。

そして、そのことに気がつくとき、我々は、戦略思考というものが、論理思考の世界を遥かに超えたものであることを知る。

戦略思考もまた、究極、深い人間力が問われる世界に他ならない。

田坂広志の連載「深き思索、静かな気づき」
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文=田坂広志

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