興銀勤務時代、尊敬する先輩がいました。当時、彼と私は「読書会」なるものをつくり、日々競いながら本を読みあさっていました。
毎朝、「おい、昨夜は何ページ読んだんだ?俺は47ページも読んだぞ」と、彼に声をかけられるのが恒例行事となっていました。この『ニュー・エンペラー 毛沢東と鄧小平の中国』も当時読んだ一冊です。
読書会には「原書で読む」というルールがあり、漢字だとイメージしやすい中国の地名や人名も、アルファベットで読むのは至難の業。なかなかページが進まない私は、「読書は、勉強のために読むのであって、スピードを競うモノじゃない!」と、負け惜しみのような言葉をよく彼に返していました。
本書は、ジャーナリストであり、ノンフィクションの雄と言われたハリソン・E・ソールズベリーが、毛沢東と鄧小平時代の権力闘争と、国をつくるすごさを書いた壮大な一冊です。
例えば、35章には文化大革命時に毛沢東によって追放された65歳の鄧小平が、ビルの屋上から落とされて半身不随になった息子の足を毎日欠かさずマッサージした後、幽閉されている家の1辺40歩、1周4辺という小さな庭を40周、合計で6400歩、歩き続けていたと書かれています。その姿を見ていた娘が「父はまだ諦めていないのだ」と感じたことも。
その後、政界に復帰した鄧小平は諸外国との良好な関係を築き、中国を経済大国へと導いたことは周知の事実ですが、あまり知られていない私生活にも取材に取材を重ね、毛沢東と鄧小平の人生そのものが丁寧に綴られています。
彼らふたりを描いた本を何冊も読みましたが、本書はその中でも秀逸。隣国である中国の凄さや怖さ、将来の可能性を感じながら読み進めているうちに為政者という厳しい立場にありながらも、明るくめげないリーダーとして国を改革した「行動家」鄧小平の姿にすっかり魅了されていました。
舞台は違いますが、官から「真の民間企業」になろうとしている日本郵政の社長となったいま、リーダー像として思い浮かべるのは、やはり鄧小平の姿。明るく朗らかで、決してめげない強さをもつ鄧小平の「ネバーギブアップ」の精神で、一歩一歩着実に、そして少しでも早く、やるべきことをやっていこうと思っています。
つい先日、読書をともに楽しんだ尊敬する先輩が、惜しまれながらこの世を去りました。彼のことを思い出すたびに、いまでも目頭が熱くなるのですが、競い合いながら読んだ本書がいまでも私の根幹となっていることを感じ、改めて、薦めてくれた彼に心から感謝しています。
ながと・まさつぐ◎1972年、日本興業銀行入行。2001年、同社常務執行役員。その後、みずほコーポレート銀行常務執行役員、富士重工業取締役副社長等を歴任。現在は、日本郵政取締役兼代表執行役社長、ゆうちょ銀行取締役、かんぽ生命保険取締役等を務める。