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開発したサービスを運営していた 21歳の頃

やっているうちに、このサービスの存在を喜んでくれる人の数が増え、似たニーズを持つ人が周りに集まってきました。個人で運営できる限界も近づいていたので、チームをつくることにしました。

決して、「起業家になりたい」という思いがあったわけではありません。単に好きでやっていることを広げていきたい。そのために会社というフォーマットが最適だっただけです。
 
偶然にも、起業から1年後くらい経った頃に取り扱っていた製品がちょっとしたトレンドになり、事業はグッと成長。売上総利益率も50%を超えており、難度もそこまで高くなかったのかな、と思います。

ただ、当時を振り返って頭に浮かぶのは失敗ばかりです。すぐに思い出せるのは、お金に対する認識の甘さ。売り上げがある状態に満足してしまい、「黒字なのに今月末の支払いに必要なお金がない」といった状況に何度か陥りました。

“井の中”から飛び出して得た気づき

成り行き上、事業は拡大したけれども「絶対に成功する」という思いはちっともなかった。学生時代は神戸に住んでいたので、このままここで会社を続けて、20人くらいのメンバーが十分に生活できる環境をつくっていく。考えていたのはそんなことでした。

実際、そういった環境をつくりあげることはできました。自分にもそれなりに自信があった。ただ、常に頭の片隅に「自分は井の中の蛙なのかもしれない」という思いがありました。

成功には興味がなかったけど、自分がどれくらいできるのかを知りたかったんです。アメリカのビジネススクール出身の人や、MIT(マサチューセッツ工科大学)でコンピュータサイエンスを学んでいる人はきっと、僕よりも優秀に違いない。世界のトップクラスと自分の距離を相対化してみたい。そう思うようになりました。

最も簡単に相対化できる場所は、当時、最もブライテスト(聡明)な人が集まっているグーグルだと思い、そこで働くことにしました。それが一番手っ取り早い手段かな、と。

入社したら、想像通りのスマートな人たちがいました。尊敬できるリーダーも大勢いました。最も影響を受けたのは、よく一緒に働いていたマーケティング部門の女性マネージャー。彼女はできないことやわからないことを積極的に開示し、「あなたの力が必要です」と伝える。その結果、チーム全員が最適なパフォーマンスを発揮して、彼女を支え、成果に繋がっていく。弱みを見せて結果を出す。そのやり方は目から鱗でした。


グーグル時代の佐藤裕介

グーグルにいた頃、もう1つ大きな気づきがありました。それは僕が「会社員」としてあまり優秀ではないこと。大学時代は、ただシンプルにユーザーへ価値を提供すれば、その分の対価が得られました。けれど、会社ではユーザーの満足と会社が認める成果が一致しない場面もある。そういうコストを払ってでも、「会社で大きな価値をつくりたい」とはなかなか思えなかったんです。会社の価値基準における成果の追求に徹っしきれなかった。

文=向 晴香 写真=小田駿一

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