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SNSマーケティングを社会学的に考える


では、どのように「#タグる」ことの実践を濱野さん自身が行っているのか、育児に励んでいるご自身の体験を踏まえ紹介してくれています。そして、このことの重要性を、いまのインターネット上の情報流通のあり方そのものへと視点を広げて位置づけ直されています。

濱野:といっても私の場合、いわゆる20代女子的な、「美味しそうな焼肉屋を探すために」といった使い方ではありませんでした。私事になりますが、いまから3年前、私にとって初めての娘が生まれました。生まれたときから髪があまりにフサフサで、親族一同ビックリしました。「まあ、異常とかではないだろう…」と思いつつ、やはり親としてまさに「ググり」たくなってしまうわけです。「新生児 髪 ふさふさ」的なキーワードで。

すると出てくる情報にあまりに根拠がないものばかり。まだいわゆるWELQ問題が起こる前でしたが、そうしたいわゆるフェイクニュース系サイトに問題は限りません。医療・健康情報はとかく人の不安を煽ります。だからこそWebには有象無象の情報が溢れている。中には「羊水が汚れているからそれから守るために毛が伸びて生えてくるのだ」等といった怪情報まで出てきて、大変腹が立ちました。結果的に、検索によってむしろ答えが錯綜しすぎて、軽い混乱状態に陥ったのをよく覚えています。

そこで手に取ったのがインスタグラムでした。「#生後一カ月」といったタグで検索すると、それこそ大量の同世代の赤ちゃんたちの写真がリストされます。そうすると、うちの娘と同じくらい髪がフサフサの子もいくらでもいることが分かります。もちろん髪が少ない子もいる。多様性が手元に広がったのです。杞憂だったのです。私は心底ホッとしました。この時私は、まさに「#タグる」ことを通じた「リアリティ」を手繰り寄せたのです。

私たちのシェアの意義、そしてインスタ映えのその先へ

濱野さんがおっしゃる、「#タグる」ことを通じた「リアリティ」の手繰り寄せ。僕自身としても非常に共感を覚えるとともに、このことは、実はメディア史的にも大きな意味を持つものでもあるといいます。最後のコメンタリーを確認してみましょう。

濱野:このエピソードを通じて何が言いたかったかというと、とかくインスタグラムは「どうせインスタ映えばっかりの写真なんだろ」という偏見を持っている方が、未だに多いのではと思うからです。そんなことはありません。確かに、ある種の投稿されやすい写真の傾向(偏り)はあります。しかし実際には、世界中の人々が様々な写真にハッシュタグを付与しており、それらをいわば「窓」と使うことで、多様な世界を垣間見ることができます。ハッシュタグはいわば「どこでもドア」とまでは言いませんが、少なくとも「どこでもウィンドウ」のようなものなのです。

筆者もその後インスタグラムは使っており、自ら投稿するようにもなりました。私の楽しみ方は少しゲーム的で、有名なのに全然タグとして投稿されていないものを見つけて投稿したり、変な造語タグを作ったりといったマニアックなものから、単に娘の画像をアップするだけの親バカ的なものまで様々です。でも、すると面白いもので、世界中からなぜか不思議とユーザーが集まってきます。画像ですから、言語の壁もない。

かつてインターネットは、マクルーハンのいう「世界村(グローバル・ヴィレッジ)」―つまり世界は1つの共同体になる―を実現すると期待されましたが、言語の壁はやはり厚く、基本、ソーシャルメディアは国内に閉じていく傾向にありました。特にアジア圏はその傾向が強い(拙著『アーキテクチャの生態系』はそうした様態を分析した本でもあります)。本書で扱われているのは日本国内での事例が中心ではあります。ただしかし、「シェアをしたがる心理」というものが、ナショナリズムやポピュリズムといった国民国家の枠内に留まることなく広がることで、少しでも21世紀における相互理解―とまでいかなくても、相互を知るきっかけにつながっていけばと筆者は願っています。

天野彬

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