この「未完成にもかかわらず走り出す」姿勢は、深センのEV(電気自動車)事情とも共通している。深センでは、タクシーの7割、公共バスにいたってはそのすべてがEV化されている。タクシーに乗っていてユニークだと感じたのは、実際にお客さんを乗せて道を走りながら、電気効率のテストをしているところ。異なる場所に電源を搭載した車両を走らせ、データを取り、そのデータをもとに改良を重ねていくのだ。
なかには座席の下に電源がある車両もあるため、もし何らかのアクシデントが起きた場合、乗客に危害が及ぶリスクもある。そんなリスクがありつつも、イノベーションの促進を最優先する姿勢が、次から次へと街に変化を呼び、地元の住民や観光客を引きつけているのだ。
EVタクシー。乗り後心地は悪くない。支払いは、WechatかAlipay
他にもアリババ・グループ・ホールディングス関連のスーパー「盒馬鮮生(Hema Xiansheng)」では、店舗兼ショールームともいえる作りが新鮮だった。その場とオンライン、両方での購入が可能で、支払いは基本的に同グループのオンライン決済サービス「支付宝(Alipay)」のみ。生鮮食品から日用品まで品揃えが豊富で、いけすから選んだ魚介類をさばいてくれたり、別途料金を支払えば調理までしてくれる。オンラインで注文が入ると、スタッフが店頭の商品を専用のショッピングバッグにピックアップし、天井を行き来するコンベアを使って店の外へ。外で待機するスタッフが、30分圏内であれば、最速30分で届けてくれるという。
商品の価格は決して安くなく、むしろ高いともいえるほどだが、ひっきりなしに人が訪れ賑わっていた。利便性はもちろん、実際に手に取り選びたいという欲求と、配送までの過程を全て見せてしまう購買体験のエンタメ化にワクワクする。
テンセント・ホールディングスのスーパー「超級物種(Super Species)」には、全ての商品にバーコードがついている。それを同社のオンライン決済サービス「微信支付(Wechat Pay)」で読み取り、決済すると、レジを通さず、そのまま店を出ることができた。もちろん店内にレジはない。中国ではこういった業態をOMO(Online Merger Offline- オンラインとオフラインの融合)と呼んでおり、今年1月からは京東が運営する「7Fresh」も参入した。
「深センは訪れるたびに姿を変える」と、現地で案内をしてくれた知人が言った。まさに深センは「社会実験都市」と呼ぶにふさわしいことを、現地に行って実感した。
日本にも、深センのような社会実験都市を設けることはできないものか。万全の状態を待ってスタートを切るという従来のプロセスを踏襲するのではなく、「社会はこうあるべきだ」というビジョンのもと失敗を恐れずにかたちにしていく姿勢が必要だ。
新しいプロセスからは、自然と新しいプロダクト、サービス、ルールが生まれるはず。それが日本全国に広がれば、同時に日本の観光も進化する。たとえば決済のキャッシュレス化をより一層促進したり、消費体験にエンタメ要素を盛り込んだりすることで日本での楽しみ方もまた変わってくるだろう。
年内に再び深センを訪れようと計画中だ。次はどんな景色を見せてくれるのだろう。