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大切なことは自分らしくやること

ニューヨークには世界中の写真家が集まっていて競争が激しいし、何のコネもない日本人の女の子がどこから始めていいかもわからない。しかし私は、人口の6割は外国生まれというその街で「居場所」をつくりたいと強く願いました。もちろん写真家として。

でも願っただけでは何も変わらないから、30歳で「私は写真家です」と言えるようにしようと、スタートラインに立つためのゴールを決めたんです。20代でものすごい才能がある人って100万人に1人くらいはいるかもしれないけれど、そうじゃない場合はね、自分で道を決め、自分を育てないといけない。自分を育てるのも、才能の一部だと思います。

貯金の全部9800ドルで、ユニオンスクエアのロフトの権利金を払ったのは29歳のとき。南向きの大きな窓がある、その1200平方フィートのスペースが私の出発点です。「スタジオ」の片隅にはベッドを置きました。

それから2年くらいは日本語の通訳や翻訳をして生活費を稼ぎながら、作品を見せ続け、たまに入る撮影の仕事に全力で取り組んだ。お金はなかったけど、毎日が自分が選んだ人生をつくりあげているという、それまでに味わったことのない幸福感でいっぱいでした。

科学者だった私の父は、「お金っていうのは目標にするものじゃない」といつも言っていたんですよ。お金は付いてくるものだって。この価値観は私のなかにしみ込んでいます。仕事を選ぶときも、撮影料が高いからという理由で選んだことはありません。それよりも、自分の納得する良い写真を撮れるかどうか。大切なことは自分らしくやるということだから、それが叶えられないような環境に自分の身を置きたくない、といつも思っています。


約18年前、ヴェネツィアでのロケ撮影の様子。

チェンジメーカーの素質

私が育った時代みたいに働いたら働いた分だけ経済的に成長する時代と違って、いまは、先がどうなるかわからない時代ですよね。そうしたなかで、日本だけでなく世界中で、「若者が社会を変える」という意識が生まれ始めています。20年先のリーダーが生まれやすいいまの環境をつくるのが、大人の役割だと思います。

アショカのネットワークにいることの最大のメリットは、数百万人の生活を向上させる変革を生んでいる人たちと深く語り合い、友情を温めることができることです。彼らの共通点は、他者の気持ちを察知する高度な能力があること。この能力を「エンパシー」と呼んでいます。社会を変えるイノベーションの源泉はエンパシーなのだと、彼らを通して学びました。また彼らは、「こういう世界にしたい」という不動の夢に向かって進んでいく人たちです。目先の問題をものともしないのは、強いからではなく、夢が明確だからなのだと思います。

いまから考えてみると、私はなるべくたくさんの「感動の時間」を持つために写真家になったのだと思います。ファインダーを覗いて見えるものに感動して、シャッターを切る。写真で生業を立てていた25年間は、こんなことをしてお金まで頂ける私は、世界一の幸せ者だといつも感じていました。

しかし2000年には、世界を大きく変えている人たちに会ってしまった。そして感動を超えて取り憑かれてしまった。ひとりの人間にこんなことが出来るなんて、と。以来、私は普通の人が世界を変えることができるという魔法に取り憑かれっぱなしです。社会を変える人を探し続けると同時に、未来をつくる若者がチェンジメーカーとなる環境をつくることが、私にとって生きる意味なのだと思います。



渡邊奈々◎アショカ・ジャパン創設者&代表/写真家。1980年よりニューヨークで写真家として活動を始める。87年、アメリカン・フォトグラファー誌より「Photographer of the Year」を受賞。ニューヨーク、パリ、東京、ベルリンなどで個展、グループ展を開催。2000年より社会を変える人たちの取材を始め、2011年より現職。著書に『チェンジメーカー 社会起業家が世の中を変える』『社会起業家という仕事 チェンジメーカー2』がある。http://japan.ashoka.org/

文=宮本裕人 写真=小田駿一

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