次はドイツ・ニュルブルクリンクへの挑戦。6月末、ヤーニ選手のチームメイトであるティーモ・バーンハード選手が5分19秒をたたき出して、モータースポーツ界がアッと驚いた 。その記録は35年前のポルシェ956が出したタイムより51秒も速い! 僕はYouTubeでその新記録の動画をチェックしたけど、市販車をベースにしたマシンに乗ってニュル24時間レースに参戦した僕の経験から見ると、バーンハード選手の運転技術は神業としか言いようがない。その速度感はまるでグランツーリスモ感覚だ。
ヤーニ選手も、919エヴォの加速とコーナリング速度に対する驚きは隠せない。「F1マシンより速いタイムにびっくりした。でも、僕が出した記録は、実は昨年乗った919ハイブリッドよりも12秒も速い!とにかく919エヴォの加速感は凄まじい。ゼロから200キロまで4秒。ゼロから300キロは7秒台!」というではないか。ゼロから100キロまで4秒が速いと思っていたのに。
「アクセルを踏んだら、その加速は終わらないからね。でも、走る前の食事に気をつけなければならない。体にもの凄いGがかかってくるので、食べたものが逆流するから。最高で5.8Gですよ。例えば、スパの有名なコーナー「オールージュ」でかかるコーナリングGは5.5Gほどで、縦のGも4.5Gぐらい。」
ポルシェの関係者に聞いたところ、5G以上の影響で気絶しないために、選手たちはコーナリング中に、頭の血流が落ちないように下半身とお腹の筋肉に圧をかける訓練をしなければならないし、特別な呼吸法を覚える必要があるそうだ。戦闘機のパロットと似たようなGがかかっているから当たり前だよね。
「実は多くのレーサーの運転技術は、マシンのポテンシャルより上だと思う」と言うヤーニは、次のように説明してくれた。「つまり、レーサー達はそのマシンの加速や体にかかってくるGフォースに耐えられる。でも、919エヴォは別だ。このクルマは肉体的に耐えられる限界、加速に耐えられる限界にまでさらされるので、自分の限界も上げなければならない。」人体と運転技術が今までにないぐらい試されるということだった。
走りの難関は、その1200psのパワーと4WDをどのように一番効率良く走れるかだとヤーニはいう。「僕はF1マシンに乗ったことがある。でも、それらより速い919エヴォみたいなクルマは経験したことがない。僕の生涯の中でこのマシンより速いクルマに乗ることはないと思う。このクルマの4気筒のエンジンはあまりにも効率がいいので、その技術を一般車の718ケイマンなどにフィードバックしている。そういう一般車への応用は増えるよ」という。
しかし、919エヴォはヤーニにとって、恵みか、厄か。彼は半分冗談で「このクルマはあまりにも速くて安定しているから、レーシングドライバーとしての僕をダメにしたと思う」と笑った。「この919エヴォの後に乗るマシンは、すべて遅く感じるだろうからね。」
国際モータージャーナリスト、ピーター・ライオンが語るクルマの話
「ライオンのひと吠え」 過去記事はこちら>>