伝統を守りつつ変革を進める、「クリュッグ」女性CEOの手腕

クリュッグ社長のマルガレート(マギー)・エンリケス氏(2018年7月、クリュッグのテイスティングルームにて撮影)




創業者の原点に立ち返る

クリュッグの社長に就任してからの一年間、全力で臨んだが、当時はリーマンショック後の不景気の真最中。損失をさらに広げる結果となり、「D」評価を受ける。初めての落第点だった。

その時、知人に「ラグジュアリー商品は一朝一夕で成り立つものではない」とアドバイスされる。そして、ラグジュアリーにおいては、象徴となる「人物」がそのブランドの本質であることに気づく。例えば、シャネルであればココ・シャネルであり、ディオールであればクリスチャン・ディオールだ。

ナビスコで経験したビスケットなどのコンシューマー・プロダクトと、ラグジュアリー商品は「根本的に異なる」とマギーさんは言う。コンシューマー・プロダクトは、消費者の意見をしっかり聞いて、セグメント化し、それぞれのニーズに合わせた商品をつくることが王道であるのに対し、創業者の天才的な発想で生まれたようなラグジュアリー商品は、創業者の考えを徹底的に理解することこそが重要なのだ。

クリュッグは、長年の家族経営で成長したブランド。その創業者の信念を理解することが不可欠だと考え、そのルーツを辿る旅が始まった。

そんな折、創業者であるヨーゼフ・クリュッグの手帳を見つけ、創業者の考え方、すなわちクリュッグの原点を知る。例えば、1860年代当時から、クリュッグには「素晴らしい素材なくしては、素晴らしいワインはできない」という今と変わらぬ考え方が息づいていた。



シャンパーニュのプレスティージュ・キュヴェは、単なる高価格帯の商品ではなく、長い歴史の中で生まれた独自のストーリーを持つシャンパーニュである。クリュッグのフラッグシップ商品である「グランド・キュヴェ」(Grande Cuvée)は、 10年以上の収穫年にわたる、畑の区画ごとに醸造した120種類以上ものワインをブレンドして、毎年異なる配合で最高の結果を目指し、良年であれ難しい年であれ、毎年作られる。

プレスティージュ・キュヴェの多くが、単一年に収穫されたブドウのみを使い、良年にのみ作られる「ヴィンテージ・シャンパーニュ」であるのとは逆の発想だ。これは、創業当時から続くユニークな商品であり、前述の手帳にも記されている「天候に左右されることなく、毎年最高のシャンパーニュを世に出す」という創業者の理念に基づいている。

マギーさん自身も、醸造長のエリック・ルベル氏に付き添い、ブドウを供給する契約農家を訪問し、グランド・キュヴェの要となるブレンドの工程に参加するなど、クリュッグのシャンパーニュの真髄の理解に努めている。
次ページ > 伝統を守りつつ、変革を進める

文=島悠里

タグ:

ForbesBrandVoice

人気記事