伝統を守りつつ変革を進める、「クリュッグ」女性CEOの手腕

クリュッグ社長のマルガレート(マギー)・エンリケス氏(2018年7月、クリュッグのテイスティングルームにて撮影)

クリュッグ(Krug)は、ドイツから移民したヨーゼフ・クリュッグにより1843年に設立された、古い歴史を持つシャンパーニュ・メゾンだ。プレスティージュ・キュヴェにフォーカスし、世界中に熱心なファンを持つブランドである。現在は、6代目のオリヴィエ・クリュッグ氏が当主を務める。

シャンパーニュ作りには時間がかかることは前にも触れたが、 プレスティージュ・キュヴェの場合は特に長く、通常、リリースまで最低6〜10年かかる。質の良いブドウから複雑なシャンパーニュを作るには時間を要するのだ。ビジネスの観点からはキャッシュフロー・マネジメントも必要だ。また、ラグジュアリー商品である高価格帯のシャンパーニュは、景気に左右されやすいという側面もある。

クリュッグは、1999年から世界的なコングロマリットである「LVMH モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン」グループの傘下にある。LVMHは他にも、モエ・エ・シャンドン、ヴーヴ・クリコ、ドン・ペリニョンといった大手シャンパーニュブランドを持つフランス企業だ。

そして2008年末、メゾンの立て直しのために、LVMH本社から、南米ベネズエラ出身の女性経営者、マルガレート(マギー)・エンリケス氏が社長として指名された。

マギーさんは、現在ではLVMHのワイン部門のトップも兼任する、ワイン業界のビジネスリーダー的な存在だ。その経歴から強面のイメージを持っていたが、実際お会いすると、人に隔たりがなく、優しく、温かく、情熱的でまっすぐな人柄。人を惹きつける魅力があり、自分の言葉で語る会話のところどころに、彼女がリーダーとして成功してきたヒントが散りばめられていた。

南米出身の女性が名門シャンパーニュ・メゾンの社長に

マギーさんは、ヴェネズエラで生まれ育ち、20代前半で結婚・出産を経験した。システムエンジニアとしてキャリアを開始し、その後、マーケティング分野で経験を積む。

転機となったのは、1995年にハーバード大学で学ぶために国外に出たことだ。当時の仕事を離れたのは「自分の信念を貫けなかった」ためだが、結果として留学により可能性が広がり、「あの時にヴェネズエラを出なかったら今の私はいない」と回顧する。

留学後は、当時3500人の従業員を擁し、毎年多額の損失を出していたメキシコのナビスコの社長に就任。立て直しのため、消費者がどんなビスケットを求めているのか徹底的なリサーチを行い、就任からわずか1年半後、業績を黒字転換させ、メキシコ内でのビスケットのシェアを3%から28%に伸ばした。

その後、アルゼンチンのLVMHグループのCEOを経て、2008年末、これまでの実績が買われ、同グループ傘下のクリュッグの社長に抜擢される。悩んだ末の決断だったが、当時付き合っていたパートナー(現在の旦那様)の勧めもあり、オファーを受けて南米からフランスに引っ越した。
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文=島悠里

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