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編集者的な発想とプロセス

若林:この間、「北欧、暮らしの道具店」という、生活雑貨をストーリー仕立てで紹介するショッピングサイトの代表の方と対談をしたんですけど、その方が面白いことを言っていて。「編集っていう仕事の面白さは、エンジニアリングじゃなくて、ブリコラージュなんですよね」って言っていて。彼に言わせると、ブリコラージュが基盤となっている仕事って実はそんなに多くないって言うんです。

エンジニアリングっていうのは、いわば機械論的に物事を組み立てていく作業ですが、ブリコラージュって、あり合わせの材料でなにかを作る「器用仕事」という概念ですよね。なるほど、たしかにと思ったんですが、畑中さんは、そもそも雑誌編集者っていうのは民俗学者みたいなものなんだって、言ってたと思うんですが、畑中さんの本の題材の選び方って、やっぱり雑誌編集者っぽいですよね。

畑中:それはそうだと思います。雑誌編集者っていうのは、やっぱり時代時代の風俗に寄り添っているものだと思いますし。実際のところ、本を執筆しているというよりは、「月刊畑中」という雑誌をやっていて、自分で毎回特集を企画して、その企画に一番見合った原稿を書いてくれる適当な人がいないから、しょうがないから自分で書いてるっていう感覚です(笑)。

若林:それはちょっとわかります。自分が企画した雑誌の記事で伝えたいことを、一番的確にテキスト化しようと思ったら、人にお願いするよりも自分で書いちゃうのが一番早いことはありますよね。にしても、畑中さん、いつも、おもしろいネタを拾ってきますよね。ある日、急に「神像だ!」とか「『日本残酷物語』だ!」とか言いだしたり、次は「蚕だ!」とか「オリンピックだ!」とか「憲法だ!」とか、突然言い出すじゃないですか。って、「これまで畑中さん、蚕の話なんか一度だってしたことないじゃないですか」って、面食らうんですけど(笑)。

畑中: 2013年に新美南吉についての本、『ごん狐はなぜ撃ち殺されたのか』を書いたときが、まさにそう。

若林:そうそう。「読んだことあんすか、新美南吉?」って、普通に心配しました(笑)。

畑中:あの本のきっかけは、新美南吉の生誕100年が迫っているって情報をどこかで得て、そこから何か企画ができないかって考えはじめたんです。それって雑誌の企画を考えるときとまったく同じプロセスで、編集者的発想なんですね。とはいえ、僕みたいな立場の書き手だと、いきなり自分が「こういう企画をやりたい」って藪から棒に話を出版社に持ち込んでもなかなか企画が通らないので、タイムリーさとかを企画のなかに含めてようという戦略性はあるんです。その辺の打算も、言ってみれば雑誌編集者的ではあるんです。

若林:すでに専門家がたくさんいる領域に、いきなり突っ込んでいくわけじゃないですか。すげえな、と率直に。面の皮が厚いといいますか(笑)。

畑中:いや、それは雑誌作りと一緒だよ。『太陽』やっていたときもそうだったじゃない。専門家でもないのに、いきなり焼き物の特集やらされたり、建築の特集やらされたり、読んだことのない作家の特集やらされたり。

若林:あ、ぼく『宇野千代』の特集やりました(笑)。でも、雑誌の面白さって、本当に、そこにあるんですよね。雑誌の特集を作り終えた後って、いつも「今から同じ企画をつくれたら、もっといいもの作れたのになあ」って思うんですけど、おそらく同じテーマの特集を二度やる機会ってないんですよね。そう考えると、雑誌づくりの醍醐味って、雑誌編集者が、専門分野でもない勝手のよく分からないお題を与えられて、もしくは自分で与えて、それを学んでいくプロセスが紙面に定着されるからなんだと思うんですよね。

読者より数カ月先に、それを学んでみた。そのプロセスを共有するという。とはいえ、専門家が手ぐすね引いて待ってる領域に、個人名で突っ込んでいくのは、やっぱり勇気いりません?

文・写真=太田明日香

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