「全米球場跡地巡り」に感じるロマン



屋内遊園地のアトラクションが水しぶきをあげながら、赤座席の横を通る

遊園地内の北西の通路には、メトロポリタン・スタジアムのホームプレートがあったことを示す記念ホームプレートが埋め込まれており、モールの南側の道路は、キルブリュー・ドライブという名前がつけられている。

メトロポリタン・スタジアムは、ツインズの本拠地としてできた球場ではなく、56年からアメリカン・アソシエーションのミネアポリス・ミラーズの本拠地として使用されていた。このミネアポリス・ミラーズは1884年に創設された歴史のある球団だ。

日本語を含む12カ国語を話し、表向きにはメジャーリーグ選抜として、実際はスパイとして日米野球に2度参加したことのあるモー・バーグがマイナー時代の1924年に在籍していた球団でもある。

バーグは、34年にベーブ・ルースらと共に来日した際、大宮球場で開催された試合を欠場して、東京明石町の聖路加国際病院の屋上から東京市街一円を16ミリカメラで撮影したのだが、この時に撮影された映像は8年後の42年に行なわれたドーリットル空襲に利用されたことでも有名だ。

1961年のワシントン・セネターズのミネソタ移転に伴い、メトロポリタン・スタジアムは、ミラーズに代わりツインズの本拠地となった。

3階建ての観客席を備える球場としては、ヤンキースタジアムの次にできた球場。65年にオールスターゲームとワールドシリーズが開催された他、61年から81年までNFLのミネソタ・バイキングスも本拠地としていた。65年8月21日にはビートルズがこの球場で2万5000人の観客の前でコンサートを行っている。

この球場のフラッグポールは、球場が取り壊された後、ミネソタ州リッチフィールドにあるアメリカン・リージョンに移されたが、後にツインズに譲られ、2010年にオープンしたターゲット・フィールドのライト側のコンコースに設置された。最新の球場で歴史の生き証人に出会うことができる。

ミネソタからの飛行機は必ず「窓側席」

昨年、ミネアポリス・セントポール国際空港に、ミネソタ・ツインズをテーマとしたレストラン、ツインズ・バー・アンド・グリルがオープンした。店の前には、双子のミニー(ミネアポリス)とポール(セントポール)がミシシッピー川をはさんで握手しているツインズの大型ロゴマークがあり、記念写真を撮影できる。

このレストランの近くのコンコースに、ミネソタのスポーツ史に関連する展示コーナーがあるのも嬉しい。この日は、1987年に行われたツインズ対カーディナルズのワールド・シリーズのラジオの実況が流れていた。こうしたプチ・スポーツ博物館がある空港は珍しい。


空港内にあるレストラン、ツインズ・バー・アンド・グリル

僕はこの国際空港発の便を予約する際は、必ず窓側の座席を確保するようにしている。それには理由がある。モールがある場所は、もともとポール・ガーハートという人物がトウモロコシ、メロン、タマネギを耕していた農場があった。

地元のビジネスマンがその土地買い取って野球場を建設した。コーンフィールドにできた野球場としては、1875年のナショナル・アソシエーションのケオクック・ウエスタンズのウォルツ・パスチャー、1878年のナショナル・リーグのインディアナポリス・ブラウンズのサウス・ストリート・パークに次いで3番目だと言う。

そして、その野球場では、ここで紹介しきれない数々の出来事があり、その場所にモールが誕生した。運が良ければ、飛行機が離陸した直後にモールを上空から見下ろすことができる。すると、確かにそこが球場跡地であることがイメージできる。物好きだと思われても仕方ないが、いつも、野球場の歴史が宿っていることを確かめながらミネソタを去ることにしているのだ。

文・写真=香里幸広

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