世界38カ国、800万人が愛読する経済誌の日本版


次に考えている事業は、知的障がいのある人たちがスタッフを勤める宿泊施設だという。

挨拶ができないホテルマン、お皿洗いが少し苦手なホテルマン。スタッフが知的障がいがあることを事前に公表することで、それらの違いを「おもしろがる」ことができるのではないかと彼らは言う。

「去年、“注文をまちがえる料理店”という企画が話題になったじゃないですか。あの考え方が、すごくいいなと思ったんです。僕は福祉をエンタメ化したいなと思っていて」(崇弥)

「注文をまちがえる料理店」とは、去年の秋頃に話題を集めた、注文をとるスタッフが全員認知症というコンセプトを持つ期間限定の飲食店だ。そのプロジェクトも、「認知症」という情報を事前に客に刷り込むことによって、間違えるという行為そのものをエンタメ化している。

知的障がいのある人が「できない」ことを「できる」ようにするのではなく、「できない」という前提を認め合う。社会のために彼らを順応させるのではなく、彼らの個性のために社会が順応していく──。

そんな仕組みを作っていきたいと、慎重に言葉を選びながら崇弥は答えた。



弟が会社を辞め、起業を決意。「ヘラルボニー」に込められた意味


新しい事業を始めるにあたって、崇弥はこの7月で現在勤めている会社を辞め、起業することを決意した。文登は追って参画予定だという。

新しく作る会社名は「株式会社ヘラルボニー」。ヘラルボニーという聞き覚えのないその単語の意味を聞くと、文登は次のように教えてくれた。

「兄が小学生の頃から自由帳に、ずっと“ヘラルボニー”という単語を書き続けていたんですよ。“ヘラルボニー・ヘラルボニー・ヘラルボニー”って。でも、“ヘラルボニー”という単語を検索してみても、何ひとつヒットしないんです。その時に、世の中にとっては何の意味もないけれど、兄にとっては意味がある兄だけの言語なんだろうなと気づきました」(文登)

もともと、知的障がいのある兄がきっかけで2人の事業は始まった。それであれば、兄にとって意味のあるこの単語は、人生をかける会社の名前にふさわしいのではないか。そう考えて、会社名にすることを決めたという。



ヘラルボニーが目指すことについて、崇弥は最後にこう語った。

「最近の世の中は、“ダイバーシティ”や“多様性”などの言葉がひとり歩きしている感覚がどうしても拭えません。理解しなくては、という理念が先行しすぎてしまっている。僕は、自分とは違う人たちを理解できなくてもいいと思うんです。ただ、まずはお互いのことを知ることができればいいなと思っていて。だからヘラルボニーでは、知的障がいのある人のことを知る“ゼロイチの機会”を生み出していければいいなと思います」

そのための手段がアートであり宿泊施設だ、と彼は続けた。今後「MUKU」は、ヘラルボニーのいち事業として継続していく予定だという。

今は、彼らの兄にとってしか意味のない言葉の羅列である「ヘラルボニー」。その言葉は、これから崇弥と文登にとって、そして社会にとっても、さまざまな意味を持つかけがえのないものになっていくに違いないだろう──。

文=明石 悠佳 写真=なかむら しんたろう

PICK UP

あなたにおすすめ

合わせて読みたい