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 私は幸運にも、偉大な思想家であるピーター・ドラッカーに1996年に会い、亡くなるほぼ1年前の2004年にも会えた。2回とも、カリフォルニア州クレアモントにある彼の慎ましい家を訪問したものである。ドラッカーを訪れた人はみんな、彼の自宅の話を持ち出す。人は、玄関先にトヨタ車が2台とまっている、636番地の小さな家が本当にドラッカーのものだろうかと考え、戸惑うだろう。
 しかし、それがドラッカーの家なのであり、面会は、いつも増築部分で行われた。ドラッカーは、そこに相手を座らせ、強いオーストリア訛りで、「さあ、私に何ができるかな?」と尋ねるのである。

 こうしてドラッカーのことを思い出したのは、ケーブルテレビ界の大物から慈善事業家になったボブ・ビュフォードの素晴らしい本『DRUCKER & Me』(Worthy Publishing, 2014年)のお陰である。ビュフォードは、テキサス州タイラーで、母親を火事で亡くした後、小さなファミリー・ビジネスを受け継いだが、その会社は、彼が40代前半の頃には、すでに手に負えなくなっていた。そこで彼は、ドラッカーに助けを求めた。
 最初の訪問の前に、ドラッカーはビュフォードに、人生で何をなし遂げたいと思っているかについて長い手紙を書くように言った。

 ビュフォードは、ドラッカーが財務や経営について話すことにはまったく関心のないことが、すぐにわかった。ドラッカーは、ビュフォードの話を辛抱強く聞いて、ビュフォードが心の奥底で「意義あることの追求」をしたいと思っていると解き明かした。ビュフォードは、ドラッカーの教えを守った。次の12年間に彼のケーブル会社は毎年20%以上成長し、テキサス州の外へも進出した。50代半ばには、考えてもみなかったほどの金銭的な成功を収めていた。

 ビュフォードは、非営利的な活動をするようにとの天の声を感じるようになった。年上のドラッカーも同じ天の声を聞いて、ある理論に到達していた。教会、図書館、救世軍のような組織からなる非営利部門は、人々の生活を向上させる以上のことができると考えていたのである。それらは、私的な利益と公的な統治の調整役にもなりうるはずだ。
 ドラッカーとビュフォードは、引き続き会っていた。ドラッカーがソクラテスのような質問をすることによって、ビュフォードは「意義あることの追求」で何をしなければならないかがわかった。キリスト教徒であるビュフォードは、リーダーシップ・ネットワークという組織をつくった。その援助のもとに、新しい教会を創設する人は、起業家精神と経営を学ぶことができた。ドラッカーは、それを手伝うことに同意した。こうしてドラッカーは、1980年代以降のメガ・チャーチブームに一役買ったのである。

 リーダーシップ・ネットワークの初期のメンバーには、ウィロークリーク・コミュニティ教会の牧師、ビル・ハイベルズがいる。彼は、一軒一軒訪れ、人々に教会のどこが好きでどこが嫌いかを尋ねて、シカゴの郊外でこの教会を始めた。あまりに多くの人が、「いつも献金を求められる」と答えたので、ハイベルズの教会には、献金皿はなかった。最初の半年間は、父親の農場から野菜を卸売価格で買い、それを高校生ボランティアに小売りをしてもらって、資金繰りを行った。ハイベルズは、生まれながらの企業家であった。ビュフォードの援助とドラッカーの助言により、彼は、ウィロークリークを教区民が2万人を超える教会にした。

 14カ月後に95歳で亡くなったドラッカーは、私たちに会ったとき、あまり体調がよくなかった。しかしながら、「目的」という言葉でスイッチが入り、なぜ神の目的が健全な社会の礎なのかについて、20分間ノンストップで話した。そして話し終えると、また急に静かになってしまった。
 ボブ・ビュフォードの素晴らしい本のお陰で、ピーター・ドラッカーが再び蘇った。

リッチ・カールガールト

 

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