見方が変わったのは、IoT技術が広く普及してさまざまなデータを通信で把握できるようになってからだ。実はこの間、金杉の中でも意識の変化があった。営業部門にいたころは、お客様から保険料をもらうことが自分たちの仕事だと考えていた。しかし、役員になって損害サービス部門の担当になり、保険金を確実に支払うことが保険会社の使命だと気づく。また、視野が広がったことで、さらなる疑問も湧いてきた。
「事故を起こすお客様は10人に1人です。保険会社は残りの9人の方へ、保険料を頂戴しているのに何もしていない。事故を起こさなくても、お客様に価値のあるものを提供できないか。そうした問題意識に合致したのが、運転のアドバイスなどの事故時以外でもサービスを提供できるテレマティクスでした」
BIGがパートナーを探しているという情報を聞きつけたのも、このころだ。当時専務だった金杉は、さっそく買収交渉を開始。世界の他の大手損保もBIGに食指を伸ばしていたが、日本企業であることが有利に働いた。
「BIG創業者のマイク・ブロックマンは、欧米企業は買収後、技術だけ吸い上げて、人を切り捨てるのではないかと心配していた。私たちは欧米的な買収はしないと信用してもらえました」
むしろ難航したのは社内の説得だ。BIGは保険の元請け会社ではないため、純資産は多くない。買収額約200億円で、一部の役員は「見合う価値はあるのか」「自社開発でいいのでは」と疑問を投げかけた。「世界一の自動車保険をつくるんです─」
役員会で異論が出ると、力強くこう答えた。欧米ではすでにテレマティクス保険が販売されているが、データ収集や通信を担う車載器は後付け。それが普及を妨げている面がある。金杉が目指すのは、自動車メーカーとタイアップして標準装備として機器を取り付け、テレマティクス保険を普及させること。この挑戦に、BIG買収による開発のスピードアップが欠かせないと説いた。
今年4月、あいおいニッセイ同和損保はトヨタのコネクテッドカーを対象とした運転挙動反映型自動車保険の販売を開始した。自動車メーカーと開発した運転挙動反映型テレマティクス保険は国内初だ。
金杉の座右の銘は「言葉は神なり」。言葉は一度口にするともう取り消せない、言ったことがすべて、という意味だ。「世界一の自動車保険をつくる」。この宣言は、現実となるか。金杉の本気が、試される。
かなすぎ・やすぞう◎あいおいニッセイ同和損保代表取締役社長、MS&ADインシュアランスグループホールディングス代表取締役執行役員。1956年生まれ。79年早稲田大学卒業後、大東京火災海上保険へ入社。2016年より現職。