投資家側に回るか、投資される側に回るか。どちらにせよ起業家精神を持つ者にとっては、今の日本は「黄金の国ジパング」だ。その理由は――。
私は、ひふみ投信という日本株のファンドマネジャーであり、また複数のベンチャー企業に投資を行っているベンチャーキャピタリストでもある。おそらく両方の活動を行っている人は日本ではほとんどいないだろう。このコラムでは、そのポジションを生かして、日本のマーケットや経済を上場、未上場にかかわらず、立体的に語っていきたい。
さて私は、日本のこれから10年間は、ベンチャー企業にとっては最高の10年になると考えている。特に起業をしたい人にとっては非常に大きなチャンスだ。「◯◯×IT」というような分野で多くのベンチャー企業が続々と誕生するに違いない。たとえば、「機械工具×IT」とか「鮮魚流通×IT」というような具合だ。
私が実際に投資し、取締役をしている「八面六臂」という会社は「鮮魚×流通」で、魚のアマゾンになろうとしている会社だ。松田雅也社長は30代前半でまだ若いが、京都大学の法学部を卒業した俊英だ。大手銀行に入社したが、その後退社し、自分で起業をして失敗した体験もある。
鮮魚流通はIT化が遅れている。その環境をチャンスと捉え、iPadを顧客にレンタルすることにより、発注システムを低コストで築き上げる一方で、買い付けの効率化と顧客へのきめ細かいサービスを実現することで、鮮魚流通に革命を起こそうとしている。
日本のベンチャー市場は実質的に21世紀の到来とともにスタートした。もちろんその前に、ソフトバンクの孫正義氏やファーストリテイリングの柳井正氏のような先輩起業家が生まれているが、日本において真の意味でベンチャー市場ができたのは、1999年から2000年にかけて、マザーズやナスダック・ジャパンができた時だろう。
しかし、当時は市場というハードインフラはできたものの、その他のソフトインフラはまったく不整備だった。ベンチャー企業を支える弁護士、公認会計士、税理士、司法書士、ベンチャーキャピタリスト、証券マン、銀行マン、経営コンサルタント、先輩経営者などが少なかった。真のベンチャー市場が不整備のなかで、ビットバレーには、リスクサイドよりもリターンに目がくらむタイプの若者がぞくぞくと集まり、実際、上場を果たした会社も玉石混交というよりは石ころが目立つような状態だった。
「起業環境」は大幅に好転。起業家も不足していない。だとしたら…。
それから10年以上が経過し、市場環境は大きく変化した。下記のようにハードとソフト、両方のインフラが整ってきたのだ。
1) 新興市場自身も競争で淘汰、整理され、実質マザーズとジャスダックという2市場に収斂された。
2) 経営者も楽天の三木谷浩史社長、DeNAの南場智子ファウンダー、サイバーエージェントの藤田晋社長、グリーの田中良和社長など、会社としても個人としても成功をした人たちが誕生する一方で、破綻したり逮捕されたりする経営者も出現し、成功・失敗のノウハウが蓄積されてきた。
3) そのような企業で働いていた経営幹部が上場益を得てセミリタイアをし、彼らがエンジェルとして投資家側に回るようになったことで、資金と経営ノウハウを持ったエンジェルが出現した。
4) 資金の出し手のベンチャーキャピタルも大手の金融機関の子会社のモデルが中心だったのが、ソフトバンク、楽天、サイバーエージェント、DeNAなどIT企業の兄貴分たちが自前の投資部隊を持つようになった。グロービスや日本テクノロジーベンチャーパートナーズのような独立系VCも育ってきた。また独立系では、木下慶彦氏、佐俣アンリ氏、松山大河氏のような優秀で行動力のある若者が台頭しつつある。
5) 公認会計士の磯崎哲也氏、弁護士の猪木俊宏氏のようにベンチャー企業経営やファイナンスに強い専門家がさらにノウハウをため、同様に税理士や司法書士、金融関係者などでベンチャーに強い人材が輩出し始めていることだ。
当然だが、このような動きを規制当局や政治家もよく察知しているし、経済産業省や金融庁が行っていた規制緩和と投資家保護の調整も相応に機能するようになってきている。「起業」をとりまく環境は激変しているのだ。
起業家も不足はしていない。どのような環境においても自ら会社を興して新しい価値をつくりたいと思うタイプの人は存在しており、またそのような人たちはこの環境の変化をひしひしと感じている。
さらに、あえて「素晴らしいことだ」と言わせてもらうが、多くの日本人はこの10年間でますます保守化し、起業環境は大幅に好転しているにもかかわらず、なぜか起業家精神は日本全体では減退している。おそらくフォーブス・ジャパンの読者は日本の中でも稀有なチャレンジ精神をもっている人たちなのではないか。投資家側に回るのか、投資をされる側に回るのか。どちらにせよ、いまの日本は大きなチャンスに満ち溢れている国なのだ。私の目には、日本は宝島のように映っている。まさに黄金の国ジパングだ。
2002年から2012年の10年間で株価が上がった会社は、上場企業全体の何割あったかご存じだろうか。1705社、全体の70%だ。さらにこれらの株価上昇企業は、平均で売上が2倍、営業利益が2倍、従業員の数が2倍、そして株価も2倍になっている。年率7%の勢いで成長をしていたわけだ。よく見れば成長企業が選り取り見取りだったのである。俗にこの間を「失われた10年」というが、そのように多くの人が感じるのは、日本の大企業のパフォーマンスが冴えなかったからに過ぎない。この間のTOPIXの上昇率は2%。TOPIXCORE30の株価のパフォーマンスは−24%だった。
寄らば大樹の陰、というタイプの人には厳しい10年間だったかもしれない。だが、就職も投資も大企業志向だという人にとってはそうでも、会社の大小にかかわらず、成長する企業を発掘しようという人にとっては、実は素晴らしい10年間だったのだ。では、今後の10年はどうか、私は同じ状態が続くと思っている。
どのような時代でも環境は変化する。環境の変化は常にチャンスだ。いつの時代にも幸福の女神は挑戦を恐れず、変化を厭わない者にほほえむ。