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2018.06.29 16:30

無能だった私を変えてくれた凄い人たち──タグボート 岡康道さん(前編)

初めて日本一になった日本選手権。「それがなんだとしても、日本一になるって経験は、なかなかできないだろ?」と当時38歳の岡さん(左)と、言われるがままに走り回るしかなかった新人の私(右)

初めて日本一になった日本選手権。「それがなんだとしても、日本一になるって経験は、なかなかできないだろ?」と当時38歳の岡さん(左)と、言われるがままに走り回るしかなかった新人の私(右)

このコラムでは、私の仕事の仕方、向き合い方を根本から変えてくれた恩人を紹介します。業種は違っても、何かを極めた一流の人たちの言動は、きっと、皆さんの仕事に役立つこともあると思います。
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3人目は、稀代の広告クリエイターであり、作家の岡康道さん。

岡さんは、90年代半ばから、日本の広告界を代表する仕事を連発し、タグボートを設立してから現在も、ペプシの桃太郎、ダイワハウスの役所広司さんのシリーズ、ロト6の妻夫木聡さんと柳葉敏郎さんのシリーズ、明治安田生命の瑛太さんのシリーズなど、ヒットCMを連発し、業界の先頭を走り続けています。

岡さんは、豪快で、繊細で、破壊者で、戦略家で、知的で、ワイルドで、自分勝手で、後輩思いで、と多岐に渡って二律背反の魅力の溢れる方です。今回は、そんな人物像を想像しながら読んで頂けますと幸いです。

二十数年前、私が電通の新入社員として配属されたクリエイティブ局で、新人5人の能力開発総責任者の岡さんに初めて挨拶したところ、「おまえ、ラグビーやってたんだって?」と、その週の土曜には岡さんが主将で日本一を目指す社会人タッチフットボールチーム『東京リベンジャーズ』の練習に連れて行かれ、有無を言わさず入部させられました。
 
数カ月後、初めての全国大会を経験し、試合結果とその経緯を電通の社内報に載せるように指示されました。掲載された文章を見た岡さんは激怒しました。
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「松尾!全然、面白くないじゃないか!」

その後、年に2回の大会後に載せる社内報の文章は、毎回、岡さんによって添削されることになりました。この時、日本一の売れっ子で、山ほどの仕事を抱え、会社にもほとんどいなかった超多忙の岡さんが、社内向けの小さな紙面の文章をもチェックする…。自分が関わるもの全てのクオリティー管理に手を抜かない姿勢には感服しました。 

さて、20年前、平日夜の日比谷公園は、数メートル置きにあるベンチに高校生から大人まで、けっこうな数のカップルが座っており、暗がりの中でキスしたり、イチャイチャしていました。

週一回、我々リベンジャーズのメンバーは、その片隅でパンツ一丁になって着替え、ものすごく迷惑そうな目でこちらを見ているカップルの前で、「セットダウン!ハッ!ハッ!ハッ!」と大声を出しながら、タイミングプレーの練習をするのです。しかし、カップルが人目もはばからずにキスできるくらいに暗いので、こげ茶色のボールはほとんど見えません。

クォーターバックの岡さんが投じたボールを取り損ねて手で弾くのはマシな方で、時に、スクリュー回転で飛んでくるボールの先端が顔面に直撃すると、選手は倒れて悶絶します。それを見た高校生カップルが笑うんです。

「ギャハハハ…(この人たち、こんな暗い中で何してるの!?)」

「キャハハハ…(おかしいんじゃないの!?)」
 
その度に、岡さんは怒鳴るんです。

「眼で見ようとするな!」 

無茶を言います。

「自分でやってみろよ!」とレシーバー陣は舌打ちをしていました。しかし、この水曜夜の練習を経て、土曜の日中のグラウンド練習で、レシーバー陣に異変が起きるのです。顔面にボールを当てたくない一心で身体がプレーのタイミングを記憶して、振り返るタイミングとボールが飛んでくるタイミングが一致し、視界もハッキリしているので、別人のように次々と捕球を成功させるのです。

この驚くべき上達を経験すると、運動選手としての性が興奮し、日比谷公園の練習を誰も否定できなくなるのです。「普通の負荷では、普通の結果しか出ないからな」と岡さんは言っていました。
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文=松尾卓哉

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