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2018.06.29 16:30

無能だった私を変えてくれた凄い人たち──タグボート 岡康道さん(前編)

初めて日本一になった日本選手権。「それがなんだとしても、日本一になるって経験は、なかなかできないだろ?」と当時38歳の岡さん(左)と、言われるがままに走り回るしかなかった新人の私(右)


ロス五輪金メダリストの柔道の山下泰裕さんと話す機会がありました。五輪の決勝相手だったエジプトのラシュワン選手が、その後、自国のスポーツ大臣になったことなどを話していると山下さんに驚かれました。

山下:ラシュワン?だったかな…よく知ってるね!
 
松尾:えっ、五輪の決勝の相手を覚えてないんですか?
 
山下:私が現役の頃は、日本で一番になることは、世界一を意味していたからね。日本選手権で9連覇したけど、決勝は、毎年、同じ相手じゃなかった。国内に、研究して覚えておくべき選手が多かったからね。

松尾:山下さんほど強くても、ちゃんとライバルの研究をされていたんですか?
 
山下:科学的に分析してたよ。もし、私が当時の根性論だけで練習量をこなしていたら、9年間は身体が持たなかっただろうね。勝つために必要な練習だけをしてきたから、勝ち続けることができたんだよ。

岡さんも、人脈などをフル活用しながら、敵も味方も分析し、日本一になるための方法を常に考えていました。余暇のスポーツなのに、毎試合をプロのカメラマンに撮ってもらい、見直しました。週2回のチーム練習で、大学生に勝つためには何をやって、何をやらないかを明確にしていました。力を集約するために、捨てることを明確にする重要性を学びました。

チームには、静岡などの遠方からも来ている人がいて、大会前には実力と練習参加率との兼ね合いで、「誰が先発出場すべきか」でモメることもありました。ある時、岡さんが言いました。

:どんな人も、自己評価と周りからの評価の差に苦しむ。だから、いつも自己評価をして、それよりもかなり低く見られていると覚悟しておかなければならない。

そして、先発に選ばれるための要因について私が尋ねると、

:実力があるか、ないかという事実よりも、選ぶ方からすると、 試合で何かしてくれそうな選手かどうかが大事なんだ。会社の人事も一緒だな。意外に、当人の実力だけを見ることは難しくて、仕事ができそうだと見える人が評価は高いんだよ。

後年、私が部下を査定する立場になった時に、それは頷ける言葉でした。

ある年の関東大会の決勝戦で、私は敵選手と交錯して肩から地面に叩きつけられ、激痛で動けず、救急病院に搬送されました。診断は、肩の靭帯の部分断裂でした。自宅に帰ったところで、岡さんから電話が掛かってきました。

:どうだった?(心配そうな声) 

松尾:肩の靭帯の部分断裂でした

:そうか…。全国大会には間に合うのか? 

松尾:(えっ、そっちの心配なの?) 全治2カ月でした

:大会まで3週間あるから、なんとかしろよ!

無茶を言います。でも、その全国大会に私は出場したのでした。普通のことをしていても、普通の人生しかありません。不条理なことを愉しいことに変える対処の方法、それを実践して笑っている岡さんの背中には、沢山のことを教えてもらえたのでした。

(後編へ続く)

連載:無能だった私を変えてくれた凄い人たち
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文=松尾卓哉

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