ラベルに小さく書かれたEDITION160、EDITION163 、EDITION166の文字。この3桁の数字はなにを物語るのか。シャンパーニュ・メゾンKRUG(クリュッグ)6代目当主オリヴィエ・クリュッグ氏が明かす。
ワイン愛好家であればヴィンテージ(ブドウの収穫年)がワインにとっていかに重要な役割を果たすか、ご承知のことだろう。「20XX年はボルドー最大の当たり年」などのフレーズを耳にすることも多いが、これはシャンパーニュにとっても同様。シャンパーニュと呼ばれる酒はシャルドネ、ピノ・ノワール、ピノ・ムニエの3種類のブドウしか使わないが、それらの生育状況はどうだったのか、天気はどうだったのか、シャンパーニュの造り手たちには、ヴィンテージに固有の思い入れがある。ヴィンテージとはシャンパーニュにとっても大きなヴァリューのひとつであり、プレステージ性の高いシャンパーニュにおいて、ひとつの目安となるのが収穫年の年号が刻まれたヴィンテージ・シャンパーニュだというイメージをお持ちの方も多いだろう。
ところが、そこに唯一無二の哲学をとなえる人がいる。それはフランス随一のシャンパーニュ・メゾンKRUG(クリュッグ)の6代目当主オリヴィエ・クリュッグその人だ。「一般にヴィンテージ・シャンパーニュに高級なものが多いのは事実ですが、ヴィンテージだから味わい深いのかと問われたら、答えはNOです」
フランス シャンパーニュを代表するメゾンKRUG(クリュッグ)6代目当主 オリヴィエ・クリュッグつまり、ヴィンテージ・シャンパーニュとは良くも悪くもブドウが収穫されたその年の特徴を際立たせているため、もしその年に天候が不良であったり、味わいに欠けるブドウが収穫されたなら、造り手が自身のビジョンに適うシャンパーニュを生産できる担保はない。現にKRUGでは素晴らしい出来のブドウで、造り手の求める基準に見合うブドウが収穫された年のみヴィンテージ・シャンパーニュが製造されている。
エディションの数字3桁に隠された謎ところで、1843年に創業されたKRUGで創業者ヨーゼフ・クリュッグはさまざまな覚え書きを遺しているが、その中にこんな理念がある。
── 原則として品質的に変わりのないふたつのキュヴェを造るべし。第1のキュヴェは天候に左右されず、毎年最高を目指したもの。第2のキュヴェは年に応じ、その個性を表現したもの ──第2のキュヴェ、つまりヴィンテージ・シャンパーニュについては前述の通り。では第1のキュヴェは? これこそ本題のクリュッグ グランド・キュヴェである。ではここでラベルをご覧いただきたい。KRUGとメゾンの名前の下に小さく〈EDITION166〉の文字があるがこの数字の意味は?
「この3桁の数字は創業以来、毎年グランド・キュヴェをリクリエーションしてきた回数を現しています。たとえば166なら、1843年の創業以来166回目のエディションという意味。実際には、初収穫であった1844 +166=2010で、2010年に収穫されたブドウを使用し、2011年にボトリングされたワインという意味になりますね。
まずヨーゼフ・クリュッグの手によって初めて世に送り出されたクリュッグ グランド・キュヴェは、メゾン創業翌年の1844年にブドウが収穫され、翌1845年にボトリング(瓶詰め)されました。そして1845年に収穫されたブドウから造られたクリュッグ グランド・キュヴェが最初のリクリエーションとされ、これこそがクリュッグ グランド・キュヴェの、記念すべき最初の“ÉDITION(エディション)1番“となりました。 またそれは、創業者ヨーゼフ・クリュッグの夢〈気候の変動に左右されることなく、毎年最高のシャンパーニュを世に出す〉という信念が受け継がれ、毎年欠かさずリクリエーションされてきた、その証でもあるのです」
このエディション166のグランド・キュヴェの中には、いちばん若いもので2010年のワインが使われているが、その他に13年間の異なるヴィンテージで構成される140種類(!)ものワインがブレンドされており、もっとも古いものは1998年のものだという。
つまり、ヴィンテージ・シャンパーニュは単一年のワインしか使わないが、このグランド・キュヴェはその年に収穫されたブドウの持つ個性を最大限に発揮させながらも、複数年に渡るリザーブワイン(過去の取り置きワイン)を巧にブレンドすることによって「毎年最高の」シャンパーニュを実現しているのだ。
「2010年は悪天候に見舞われ、難しいヴィンテージでした。この年のシャルドネには特有のフレッシュさが存分に表現されていなかったので、弾けるようなエネルギーを持つ同年のピノ・ムニエをブレンドし、バランスをとりました」というエディション166は、確かに熟したフルーツや柑橘を香らせながら、バターやナッツなどのリッチな味わいを持ち、クリュッグらしく骨格のしっかりとした、堂々たるシャンパーニュだった。
しかし、その140種ものワインをブレンドするレシピはどのように生み出されているのだろうか。
「まずブドウを毎年9月くらいに収穫しますね。そこからすぐにスティルのワインを作りますが、クリュッグの畑は大変細かく区分されており、その区画ごとに分類されたワイン(その年に収穫された単一年のワイン)は250種に及びます。まず、そのワインをテイスティングすることで、その年のキャラクターを掴む。その後、貯蔵庫にある150種類のリザーブワイン(過去の取り置きワイン)をテイスティングするから、合計400回テイスティングすることになります。もちろん私ひとりでやるのではなく、最高醸造責任者エリック・ルベルなど5人から構成されるテイスティング・コミッティーで行うので、400×5で合計2,000、これを2回繰り返して4,000のテイスティングノートが生まれ、そこから最終的に140種のワインを選び出して、収穫年の翌年6月にはボトリングが始まります」
あなたがお持ちのクリュッグには?なんと気の長い作業だろうか。昔はこの作業をすべて手書きで行っていたそうだが、現在はそのテイスティング・コミッティーで共有するアプリ(通称ブラックブック)も作られており、伝統あるシャンパーニュ製造の世界もデジタル化が進んでいるのは興味深い。ただ、ツールが進化しても、19世紀にヨーゼフ・クリュッグが綴った「第1のキュヴェは天候に左右されず、毎年最高を目指したもの」という理念はいまも寸分違えることなく受け継がれているのだ。
さあ、あなたがお持ちのクリュッグには何種の、何年のワインがブレンドされているのか気になるのではなかろうか。そんなときにはボトル裏面のID番号(6桁)を探し出し、クリュッグホームページまたはアプリで検索していただきたい。どんな内容のワインで構成されているのかはもちろん、澱抜きやボトリングされた時期までトレースでき、更にはその楽しみ方までアドバイスされているから、その1本があなたの手元へ届くまでの物語を一緒にたどり味わうことができるのだ。
クリュッグ・グランド キュヴェ エディション――それは、ヴィンテージという概念を超え、毎年新たに作り続けられている世界で唯一無二のプレスティージ・キュヴェ。1本のボトルに込められた、無数の過去(リザーブワイン)と現在(その年のワイン)が織りなす究極のブレンドによって奏でられる時の魔術と調和を味わえるのは、クリュッグを手にした人のみ。まさに選ばれし者の愉悦である。
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MHD モエ ヘネシー ディアジオ
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