ビジネス

2018.06.22

上司のためか、ユーザーのためか──次世代モビリティの開発で得た、最も重要な視点

sasirin pamai / Shutterstock.com


プロジェクトのいま

数カ月に及ぶ、シリコンバレーでのフィールドワークの後、ハードウェア試作品をシリコンバレーで作り上げ、それを浜松の本社に持ち帰り、経営幹部へのお披露目会が開かれた。

そこで発表されたプロトタイプと独創的な商品への考え方は、強い感動と支持を受け、現在も浜松本社でプロジェクトを継続している。浜松の高齢者にプロトタイプ製品を使ってもらいながら、フィードバックを集めているという。

若手3人は本プロジェクトを推進する以外にも、重要なミッションを負っている。それは、デザイン思考というフレームワークや考え方をスズキ社内に幅広く啓蒙していくことだ。

そしていま、まさに水滴の波紋のごとく、スズキ社内でデザイン思考が受け入れら始め、それが会社の雰囲気を大きく変えようとしている。なぜスズキではデザイン思考がそんなに強く受け入れられるのか?

それはスズキの創業精神にあった。

消費者(お客様)の立場になって価値ある製品を作ろう

これはスズキの社是の一節だ。この社是そのものがデザイン思考の思想を見事に言い表している。スズキの創業者である鈴木道雄氏は、戦前、織機を製造していた。

お客様の元に足繁く通って、お客様を観察し、共感することで課題の本質を見極め、商品を改善し、自動織機を発明。やがて、二輪車、四輪車への事業を拡大するのだが、そこには必ずお客様への観察と共感がベースとなっていた。

それはまさにデザイン思考での観察や共感の概念と同一のものだ。

スズキに限らず、お客様第一主義を掲げる日本企業は実に多い。しかし、そもそもお客様と本当に向き合っているだろうか?そもそも、お客様の本音を聞けるような人間関係を築けているだろうか?リサーチ会社の市場調査データを鵜呑みにしすぎていないだろうか?

あるスズキの幹部社員の方は、デザイン思考ワークショップを体験し、「これは昔、お客様との距離が近かった頃、わたし達がやっていたこと、そのものだ。デザイン思考は、わたし達を創業の原点に立ち返らせてくれた」と述べた。

「シリコンバレーで、若手3人が一つ屋根の下で暮らし、デザイン思考を使って、今までにない全く新しい次世代モビリティを開発する」という「お題」を与えただけで、具体的なやり方を指示する必要などなく、彼らはユーザーに共感する中で、本当に問うべき「問い」を特定し、ユーザーにとって最高のソリューションである「答え」を導き出してくれたのだ。

「魚を与えるのではなく、魚の釣り方を教えたい」とはよく言う言葉であるが、今回は優秀な生徒のおかげで、まさにそういう体験をさせていただいた。

我々WiLの貢献は、デザイン思考というツールを伝授しただけである。最初は、口答えばかりする出来の悪い生徒に頭に来てしまったけれど(笑)。

若手3人の柔軟性や吸収力の早さに脱帽する一方で、本企画を推進し、彼ら3人の可能性を信じ続け、彼らの自主性を尊重し続けたスズキのシリコンバレー駐在員である木村澄人氏の万全なバックアップがあってこそ、のプロジェクトであった。

現在、シリコンバレー流の商品開発手法を獲得した若手3人は、本社のある浜松でワーク・ライフ・ハーモニーを実現できるかにチャレンジしている。

スズキの若手3人によって、デザイン思考は人を成長させてくれる最高のフレームワークであることを再確認させてくれた。これは一過性のものではなく、スズキの社是の意味をより深く理解するためのツールとして、デザイン思考は今後も社内で大事にされていくことだろう。

そして、何年か先、この商品が世に出ると、きっと世界に笑顔が増えることになるはずだ。

連載:イノベーションに必要なトランスフォーメーション
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文=琴章憲

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