しかし、シリコンバレーでは3人が同じ屋根の下で暮らし、リビングルームの壁中に高齢者の発言や考え、感情などが書かれたポストイットが貼られている。そんな環境では、夜や週末も高齢者のことを自然と考えていたという。
3人はワーク・ライフ・ハーモニーの状態に
車椅子に乗った高齢者を見ると、週末であろうが関係なく、自然と話しかけに行く。シリコンバレーでの生活を経て、彼らの中では仕事とプライベートが同質化し、まさに「ワーク・ライフ・ハーモニー」の状態になっていった。
一昔前は、仕事とプライベートを分離すべきとする「ワーク・ライフ・バランス」が叫ばれていた。しかし、最近のシリコンバレーでは、仕事とプライベートはトレードオフの関係にあるべきでない、との考えが広がってきた。これを「ワーク・ライフ・ハーモニー」という。
仕事とプライベートの調和、混ざり合いが良いとする考え方だ。ただし、その時に重要になってくるのは、そのプロジェクトや会社のビジョンやミッションが自分のライフスタイルと一致すること。
「高齢者のための全く新しい次世代モビリティを作る」というビジョンに対して、若手3人は全身全霊を込めて高齢者に共感することで本当の課題を抽出。そのソリューションとなり得るアイデアをプロトタイプし続けた。
若手3人は誰から何も指示されることもなく、全て自分たちで考え、自主的に行動した。行動指針は、常にユーザーをベースとしている。本当はユーザーは何を望んでいるのか? スズキの上司が何を言おうが、WiLのパートナーが何を言おうが、今回のプロジェクトにおいては重要ではない。重要なのは高齢者の声。それだけだった。そして、それを象徴する出来事が起きた。
土壇場での苦渋の決断
プロジェクトも後半を迎えた頃、最終的なアイデアの選択をするために、WiLのパートナーやスズキの幹部がシリコンバレーのWiLオフィスに集められ、アイデアの品評会が行われた。
若手3人は、それぞれに最も解決したい課題を選び、それに対するソリューションを提案。その中でダントツの評価で選ばれた案があった。数々の投資案件を見てきたWiLの投資パートナーもその案には高得点を与え、そこにいた誰もが素晴らしい着眼点だと感心したのだった。
その後、イラストを持って高齢者へのインタビューを行ったのだが、WiLオフィスでの評価とは裏腹に、なんとそのアイデアは酷評されたのだった。どの高齢者にイラストを見せても、いかに高齢者にとって配慮を欠いた製品なのかを延々と説明され続けた。
普通のプロジェクトならば、この段階での仕様変更はあり得ないだろう。なぜなら、上司のお墨付きはもらっているし、何よりもすぐに試作のためのハードウェア製品開発が始まる時期だったからだ。
しかし、高齢者の言い分はもっともだった。確かに、いまの製品アイデアは高齢者のペインを解決するものにはなっていない。
彼らは振り出しに戻ることを決意。高齢者とのインタビュー録音を全て聞き返した。そこで、自分たちの重大な過ちに気づくことができたのだった。
そして、さらに高齢者と共感インタビューを重ねることで、さらに素晴らしいアイデアにたどり着くことができたのだ。結果的に、何とかギリギリでスケジュールに間に合った。
この一件は、重要な示唆に富んでいる。上司や投資家のために仕事するのか、それともユーザーのために仕事をするのか。デザイン思考のアプローチに忠実に従うことで、若手3人は躊躇することなく、ユーザーを選ぶことができたのだ。