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人間の癖を一つずつ蓄積する



2016年、博士課程卒業後も舘研究室で研究者(慶應義塾大学の特任講師)を続けていたチャリスは、2つの道で悩んでいた。アカデミアで先端技術としてのテレイグジスタンス研究を続けるか、この技術を社会に普及させていくか。この頃、人類のブレイクスルーを目的に様々な分野でコンペを開催する非営利組織「Xプライズ財団」の視察を受けたこともあり、テレサVには世界中からビジネス化の依頼が殺到するようになっていた。テレサの量産・普及化はかねてから舘も希望していたが、どのようにビジネスを進めるべきか判断できず、なかなか着手できていなかったことでもある。

そんな頃に彼の元を訪れていたのが、富岡だ。当時VRストリーミング事業を始めるため、アドバイスを求めて舘のもとに通っていた。そんな彼にチャリスが話を持ちかけ、テレイグジスタンスの事業化が本格化する。それでもチャリスは、まだ自身の身の振り方を悩んでいた。

当時のチャリスには、まだアカデミアに進み、教授職の傍らでビジネスに協力するという選択肢もあった。彼をビジネスの道に進ませたのは富岡の熱意だ。ある夜、チャリスと2人で酒を飲んでいた富岡は、「やるからにはテレサを1家に1台普及させたい」と事業の大幅なスケールアップを宣言する。しかし、そのためには当初予定していた予算の20倍以上の資金が必要だ。

それでも富岡は、「僕らの理念ならきっと調達できる」と言って聞かない。舘が30年かけて蓄積してきた技術と、富岡が理想とする「輸送革命」、そして「人を助け、人に助けられる」ロボットというチャリスの夢。彼がビジネス1本でやっていこうと決めたのはこの時だ。果たしてテレイグジスタンス社は17年1月に設立、KDDIとベンチャーキャピタル「グローバルブレイン」は出資を即決した。

改めて冒頭の問いに戻ろう。なぜ、チャリスは当初目指していたヒューマノイドではなく、テレイグジスタンスの開発にのめり込んでいったのか。人のように動き、人を助け、ときには人に助けられるロボット。その実現のためには、人の微細な動きのメカニズムを突き止め、プログラムしなければならないと思っていた。しかし、テレイグジスタンスが示すのは全く異なる道筋だ。

稲見は、テレイグジスタンスの価値は「人間の行動データ」を蓄積できる点にあると考える。例えば、後継者がいない伝統工芸の職人にテレイグジスタンスを使ってもらえば、その技術を行動データとして保存できる。ほかの人間にフィードバックさせることも可能になるかもしれない。伝統技術の継承につながるのだ。

このとき蓄積されるデータは、必ずしも「最適解」ではない。一人ひとりの癖が反映されたパーソナルな動きだ。例えば机の上のスマホを手に取る時、ベストな動きをプログラムされたロボットなら一直線(最短距離)に手を伸ばすだろう。しかし、実際の人間は上から覆うように、あるいは横から回り込むように手を伸ばすなど、直線的な動きをとらない。実際の人間の動きを扱うテレイグジスタンスが採取するのは、こうした無数のパターンだ。

「『人間を助け、助けられるロボット』という理想を実現する方法は一つではありません。僕が選んだのは、正解となる動きを入力するのではなく、実際の人間の動きを一つひとつ学ばせるという道筋なんです」

文=野口直希 写真=岩沢蘭

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