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一時期はシンガポールで研究員として働いていたチャリスだが、博士号取得のために慶應義塾大学大学院に進学。日本の研究環境は、彼にとって理想的な場所なのだという。大学時代のプロジェクトが採択されて東京に招待されたときの感動を、チャリスはこう語った。

「日本とそれ以外の国では、ロボットに対する見方が根本的に違うように感じました。人間の道具としてロボットを労働力として扱う海外に対して、日本人はロボットと交流できると考えている。そのおかげか、産業ロボットの開発が盛んな海外に比べて日本のロボット産業は『コミュニケーションロボット』『ヒューマノイド』に強いんです」

一方で、人間の暮らしを豊かにする道具としてのロボットを追求してきたのが、1980年にテレイグジスタンスを発表した舘暲東京大学名誉教授だ。VR(バーチャル・リアリティ)概念の提唱者でもある彼は、テレイグジスタンスを「人間をサポートする知能ロボット」として構想している。

例えば、昔は危険地帯での精密な作業は、パワードスーツを着た人間が担当することが想定されていた。そこで内部の人間への危険を回避するために構想されたのが、離れた場所から「憑依」するテレイグジスタンスだ。実際、1980年代には人の立ち入りが困難な原発での作業を想定した通産省「極限作業ロボットプロジェクト」などにも採択されている。

慶應に入学したチャリスは、修士課程では漫画『攻殻機動隊』に登場する「熱光学迷彩」をモチーフに光学迷彩を開発した現東京大学工学教授の稲見昌彦に師事。当時、慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科の教授に赴任したばかりの舘を紹介してもらう。博士課程で舘研究室に移籍した彼は、卒業後の4年間を合わせた7年間にわたって、テレイグジスタンスの開発に取り組むことになる。

「人間になりうる個性のなさ」を目指したデザイン



チャリスが開発のメインに携わったのが、2012年に完成したMODEL Hの前型機「テレサV」だ。この時、特にこだわったのは「憑依」している感覚の再現。普段生活しているとなかなか意識できないが、人間が「自分の体を自分で操作している」と違和感なく感じるためには、様々な要素が介在している。ポイントは、目線と手の動きの間にできる方向と距離感を、普段とずれないようにすることだという。

我々は目をつぶっていても自分の鼻に触れたり、ちょうど目の前の位置に手を持ってきたりすることができる。これは視覚情報とは別に、人間の体にはある程度の運動感覚があるから。実は、我々は視覚のみで体の位置を把握しているわけではない。まず運動感覚でおおよその位置を把握し、そのフィードバック(確認)に視覚を使っているのだ。

目線とロボットの手の距離感がずれると、この位置感覚にもずれが出てしまう。テレイグジスタンスの開発では、この微細なアルゴリズムや機構の調整が徹底されている。だからコップの上から水を注ぐ、目視しない状態でロボットの掌と掌を合わせるなど、手の位置を綿密に把握しなければ難しい動作をとることができる。倉庫でのピッキングなどビジネス動作を違和感なく行うためには、この感覚がずれるわけにはいかないのだ。

また、テレイグジスタンスのユーザーはロボットの操作者だけではない。「ロボットと接している人が操作者と話しているような感覚を抱かなければ、『憑依』は実現しません」

実は、テレイグジスタンスのデザインも、ここにモチーフがある。発表会の直後、ツイッターではMODEL Hのデザインが「ソフトバンクのロボット『ペッパー』から優しさを取り除いたみたい」「人間らしさに欠けている」と話題になった。

この指摘は全くの的外れではない。MODEL Hの設計でチャリスが意識したのは、「人間になりうる個性のなさ」だというのだ。ドラえもんや鉄腕アトムなど、それこそモチーフにできるデザインはたくさんある。しかし、キャラクターのような愛らしさや人間らしさ、あるいはロボットのような質感もテレイグジスタンスにはそぐわない。

そうした特徴をあえてもたせないからこそ、操作者の動きを見た人はロボットに「その人らしさ」を認識することができる。人間らしいようでそうでないデザインは、「憑依」の精度を高めるためなのだ。

文=野口直希 写真=岩沢蘭

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