不法行為へ追いやられる貧困の中の、ささやかな絆と倫理

映画『フローズン・リバー』のコートニー・ハント監督(左)とヒロインを務めた女優のメリッサ・レオ(右)


長男は弟思いの優しい性格だが、口うるさい母のせいで父が出ていったのではないかという鬱屈を抱え、貧しい暮らしから抜け出せない苛立ちで、悪友に誘われ電話での詐欺に手を染め始める。

一方、モホーク族居住区の小さなトレーラーハウスに住むライラは、夫を亡くした後、子どもを義母に取り上げられて会えないという苦境にある。視力が悪く他の仕事が勤まらない彼女が密輸で稼いできたのも、お金を貯めて子どもとの生活を再開させるためだ。

貧しい白人とモホーク族、決して友好的な関係とは言えない底辺の女たちが、それぞれの抱える事情によってかりそめに手を結び、移民に不法に手を貸すその裏では、密入国が、斡旋するブローカーの絡んだ人身売買の様相を帯びていることも匂わされる。

法の隙間をかいくぐることでしか生活が立てられない人々、不法行為へと追いつめられる人々、その中でさらに酷い状況に立たされる人々。それらを通して、他者を排除し周縁に押しやる社会の歪なかたちが浮かび上がってくる。

凍河に放ったカバンの中身は…

クリスマス・イヴの夜、異例のパキスタン人男女を乗せることになったレイは、「テロリストでは?」と警戒するあまり、川を渡る途中で後部座席に置かれたカバンを捨ててしまう。しかしモーテル到着後、カバンの中身は彼らの赤ん坊だったことが判明。慌てたレイとライラは厳寒の凍河にとって返すが、そんな時に限ってアクシデントが発生する。

子どもへのプレゼントを買って早く帰りたいイヴの夜に、立て続けに起こる予想外の出来事。一つの命を救うために反射的に起こした行動によって見舞われたピンチを、なんとか切り抜けた後、単にお金だけで結び付いていたレイとライラの間に、初めて人間的な信頼に基づいた短くも暖かい会話が交わされる。雪と氷に閉ざされた夜の緊張感高まる場面が続いてきただけに、このシーンはほっと心が溶かされる思いだ。

しかし、新しい家の前金を得るため、尻込みするライラを誘って受けた最後の仕事で、レイは最大のトラブルに見舞われる。人身売買されたと思しきアジア人の女子二人を乗せるのに足りない代金を、ブローカーを銃で脅迫してもぎ取ったレイとライラは、警察に追われ、氷の薄い河の真ん中で立ち往生し、車を捨てて四人でモホーク族の居留地に逃げ込む。

情報はまたたく間にモホーク族全体に行き渡り、レイを警察に引き渡さねばライラは追放と宣告される。レイに家族のいることを知っているライラは、彼女を逃がそうと決意。しかし事態は思わぬ方向に展開する。

この先、子どもたちと暮らしていくための金を既に手にし、新しい家の権利書も獲得し、逃げようと思えば逃げられたかもしれないレイ。貧しいとは言え白人であり、密輸で目を付けられているモホーク族のライラとは警察の心証も違うだろう。

物語は、レイが不在の、しかし新しいかたちの家族の情景で幕を閉じる。そこにスケッチされているのは、疎外された者たちが寄り添い、分かち合うささやかで当たり前の幸福だ。彼らの幸福を守るためにレイが下した判断、「自分がすべてを引き受ける」という覚悟に胸が熱くなる。

連載:シネマの女は最後に微笑む
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文=大野左紀子

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