もっと高齢者のことを知りたい
高齢者に共感し、さまざまな会話を進めるうちに、いつの間にか3人は「もっと高齢者のことを知りたい」と思うようになっていた。これが共感のパワーだ。
高齢者をもっと知るためには、街頭インタビューだけではこと足らない。そこで、彼らは地元の高齢者向けイベントや講習会に参加したり、高齢者施設を訪問したり、高齢者との接点をたくさんを持つようにした。その結果、こうした活動を通じて高齢者の友人もでき、時には彼らの自宅での夕食に招待されることも。
さらに高齢者や障がい者に共感するため、毎日10時間、電動車椅子に乗って実際に生活も行ったこともある。また、年末年始の連休を活用して、電動車椅子のレンタル店でボランティアを行い、さらに高齢者との接点を増やし、自分たちが考えた製品アイデアのイラストを彼らに披露。彼らからのフィードバックを集めた。
このプロジェクトで彼らはオフィスを借りていない。高齢者がいる現場が、彼らにとってのオフィスなのだ。夜、3人で共同生活をしている一軒家を訪問してみると、昼間のインタビューでの高齢者の発言や行動、考えなどをポストイットに書いて壁中に貼り、それぞれの高齢者に対して問題定義を行っていた。そこにペルソナという概念はない。
その時点では、その高齢者一人ひとりのために、個別に問題定義を行い、それに対するソリューションをコンセプトとして考える。それがスケールするかどうかは、後で考えるのだ。
そうやって、150名以上の高齢者と共感インタビューを通じて親交を深めるうちに、彼らは重大な事実に気づかされた。それは高齢者の誰もが、電動車椅子を望んでいない。むしろ、電動車椅子を忌み嫌っている、という衝撃の事実だった。
高齢者の電動車椅子に対する本心
デザイン思考のフレームワークに沿ったインタビューを通じて分かったことがある。それは、電動車椅子を自分で買う高齢者は少ない、ということだ。
多くの場合は、家族が買い与える。車の運転が危険なので電動車椅子に乗り換えて欲しい、という理由と、家族が車椅子を手押しする時間がないから、というのが主な理由だ。
その一方で電動車椅子を買い与えられた高齢者はあまり乗りたがらない。医者でさえ、高齢者に電動車椅子は勧めたくない、という。それはなぜか?
電動車椅子に乗り始めると、体の筋力が衰えていく。筋力が衰えることで転びやすくなり、いつか骨折し、病院で寝たきりになってしまう。すぐに死ぬのであればまだ良い。寝たきりの状態が長く続くことこそが、多くの高齢者が本当に恐れていることだった。
寝たきりの状態は死ぬことよりも怖い。だからこそ、それを助長するような電動車椅子に乗りたくない。
「できるだけ歩きたい」
これが高齢者の本心だった。電動車椅子は便利で、高齢者を助けるための乗り物だと考えてきた若手3名にとって、この本心は衝撃的な事実だった。では、どうすればその課題を克服できるのか?
これまで、いくつものアイデアを検討し、試作品をイラストに書いては高齢者に見せ、フィードバックを集めることを繰り返してきた。
全てのインタビューの音声は録音していたため、何回も彼らの実際の声を聞き返す。さまざまなアイデアの中で圧倒的な支持を得たのは、高齢者をより健康にしてくれるような次世代モビリティーのアイデアだった。狙いをそこに絞り、彼らは本格的にハードウェアの試作品開発に着手することにしたのだった。
連載:イノベーションに必要なトランスフォーメーション
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