サッカーもビジネスも同じ 新興国のクラブ経営から学ぶ「プロ意識」の育て方

ナイジェリア、カンボジアのサッカークラブ経営から学ぶこと


環境が整わないと結果が出ないのは世界共通

━━様々な実績を上げているクラブマネジメントについて伺います。まず、指導面においてカンボジアと日本で環境の違いはありますか。

カンボジアやナイジェリアのサッカー選手も、日本の労働者も本質は同じだと思っています。実は、そのことに気づいた印象的な出来事があって。

少し前に、イガンムFCの選手をアンコールタイガーに移籍させました。ナイジェリア時代よりもタイガーFCの方が報酬も生活環境も大幅に向上しました。ナイジェリアの選手はみんなハングリーだと思っていたので、カンボジアからうまくステップアップさせられればと思っていました。しかし、期待とは裏腹に彼のパフォーマンスはどんどん下がってしまい……。可能な限りケアをしたのですが改善できず、契約更新はせずにナイジェリアに帰国しました。

━━なぜそんなことが起きてしまったのでしょうか。

報酬も上がり、生活環境も向上したため、彼は豊かな暮らしに満足してしまったんです。その選手は、それまで6畳ほどの空間に8人で住むような暮らしをしており、両親を早く亡くし、知り合いの人に育ててもらってなんとか恩返しをしたい、と言っていました。めちゃくちゃハングリーだな、これなら大丈夫かな、と思うじゃないですか。しかし、カンボジアでの環境に慣れ、突然クーラー付きの広い部屋を1人で使えるようになったからか、徐々にパフォーマンスが落ちてきたんです。現状に満足してしまったため、何が何でもステップアップしてやる!という動機が薄れてしまったのだと思います。

心理学者のマズローは、人間の動機を欠乏動機と成長動機に分類しています。欠乏動機とは、生活のために必要なものを満たそうとする動機。「最低限の生活ができるだけの給料が欲しい」「〇〇万円クラスの車が買えるだけのお金が欲しい」など、人や取り巻く環境によってその基準は違います。

一方、成長動機はその上の段階にある動機。欠乏動機がある程度満たされると、人は自分の理想的な存在になろうとします。
先ほどのケースでは、生活環境が向上したことで欠乏動機が満たされてしまい、コンフォートゾーンに入ってしまいました。彼の欠乏動機をさらに刺激するべきだったのか、あるいは強い成長動機を与えるべきだったのかは、いまだにわかっていません。

━━なるほど。なんとなくですが、ナイジェリア人はどんな状況でも一生懸命に頑張ってくれるイメージがありました。

そうなんです。私も、元々生活に必要なものが揃っている日本人に比べて、貧困国に住むナイジェリア人はハングリー精神に溢れ、努力してくれると思っていました。

たまに「日本人は様々な面で満たされているからやる気が足りない」と言う人がいますが、今回の件で、そんなことはないんだと強く実感しました。

個人の動機をきちんと見極めて採用すること、そして個人任せにするのではなく、組織の目指す状態やその中の個人を取り巻く環境を整えてモチベートしていくことがマネジメントの仕事です。

「プロ意識」を育てるには

━━では、具体的にどのような方法で彼らを指導しているのでしょうか。

僕が重視したのは、「プロ意識」をもたせること。そのためには大きく分けて3つの要素を変えました。

1つ目は、「選手」を替える。クラブが求める選手像を「TIGERバリュー」として明確にしました。タフ、インテグラリティ(誠実さ)、グロース、エキサイトメント、リスペクトの頭文字をとっています。

カンボジアの他チームの選手の中には技術力は高いものの、クスリや八百長に手を出したり、練習中にやる気をみせない選手もよくいます。特に買収した当初は最初の文化形成がものすごく大事なので、アンコールタイガーは実力に加えて、こういったバリューを体現していることを重要視して、残す選手と出す選手を決めてきました。
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文=野口直希

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