厳格な出勤時間もなければ、ランチ時間もない。ここで働く人間は誰もスーツを来ておらず、オフィス内には日系企業10社の駐在員、スタンフォード大学などの米国大学からのインターン生がいるため、さまざまな業界の話題が日本語と英語で行き交う。
そんなオフィスに日本の自動車メーカー「スズキ」の若手社員3名がやってきた。当初、彼らは戸惑いを隠せない様子だった。
なぜなら、普段彼らが働いている浜松のスズキ本社では、同じ作業着を身にまとい、毎朝全員が同じ時間に出勤し、無駄話することなくデスクに座って業務をこなす。そしてランチのチャイムが鳴ると、社員全員が民族大移動のように食堂へ向かう。それが彼らにとっての日常だった。浜松ではルールを忠実に守ることを叩き込まれてきた。ルールを守ることこそが、ミスをなくし、生産性を高め、一致団結したチームを作ることにつながる、と思い続けてきた。
しかし、シリコンバレーのオフィスは浜松のスズキ本社とは180度異なる環境だった。
シリコンバレー特別プロジェクト
彼らは「シリコンバレーで、若手3名が一つ屋根の下で暮らし、デザイン思考を使って、今までにない全く新しい次世代モビリティを開発する」というスズキの特別プロジェクト公募に自ら志願し、選抜された3名だった。
面談では、「新しいことにチャレンジしたい」彼らの意欲が評価され、入社3年目から6年目となる20代の3名が選抜された。3名の内訳は日本語を流暢に話すインド人エンジニアと、保守的な日本人エンジニアの2名だ。
民泊サービス「エアビーアンドビー」を使ってシリコンバレーで一軒家を借り、3人の共同生活が始まった。性格も特技もバックグラウンドも全く異なる3名は、このプロジェクトで初めて知り合った。若気の至りもあり、彼らは日常生活でもプロジェクトでも、些細なことでさえも、事あるごとに激しくぶつかり合った。
浜松とはあまりにも違う環境、しかも初めて任された特別プロジェクトの責務に圧倒され、みんな不安だったのだ。