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共に、生きる──社会的養護の窓から見る

Sharomka / shutterstock

「自宅はいわゆるゴミ屋敷。床は見えないし汚物は落ちているし、お風呂なんて入った記憶がなかった」

都内で行われた講演会で知り合い、その後詳しくお話を伺った40代半ばの男性は、幼い頃の記憶をそう振り返る。

親がトラブルを起こしては転居を繰り返す。学校も通わせてもらえず、兄弟で公園の水道の水を飲み、万引きをして空腹を満たした。保護され入った児童養護施設では、いじめや暴力が蔓延していた。中学卒業と同時に施設を出た。仕事を転々としたが続かず、ホームレスを経験したこともある。

結婚し、子どもももうけたが離婚。「結局、家庭というものがどういうものか、自分には分からなかった」と彼は語った。

いまは小さいながらも会社を経営する。自分と同じような境遇を生きてきた若者を「いつか雇用したい」と考える。

「やっぱり、一般の家庭に育ったやつより、分かってやれる部分もあるからね」

助けを求められず孤立していく「家族」

貧困、国籍、疾病、暴力、性の問題……。困難を抱える家族の問題は、重層的で、幾重にもからまる、ほどけない糸のようだ。特に親が精神的な病などを抱えていると、周囲とトラブルを起こすことが多く、地域から孤立し、問題はさらに家族という殻に閉じ込もる。

生きづらさを抱え、どこからも孤立した「家族」。外部に助けを求めても得られなかったり、そもそも助けを求める力が弱かったりすると、家族の中で起きている問題は、誰にも気づかれないまま長期化、重篤化し、支援の手が入った後も長きにわたって家族を苦しめる。

子どもは、ひとりで逃げることができない。「家族」という、本来はもっとも安全で安心できるはずの場所が、暴力やネグレクトで不適切な状況であったとしても、そこで必死に生きのびようとする。耐える。従う。諦める。自己肯定感をそがれ、傷つけられ、踏みにじられても、なんとか生きている、生きてきた。そんな人に、私は会ってきた。

「家族」で苦しむ人たちの声に耳を傾ける

これまで私は、人の生きてきた道や思いを聞き取るインタビューを手がけてきた。また、地域で乳幼児を持つ家族のコミュニティを運営し、子どもを含めた家族との関わりに悩む親の話を聞いてきた。

社会的養護と呼ばれる、親と暮らせない子どもたちを支援する団体の事務局やスタッフとしても働いてきた。そこで出会った多くの人たちが、自分の親との関係に苦しみ、葛藤してきた経験を持つ。

子どもも、親も、苦しい。震えるような彼らの魂の叫びに触れるたびに、生きるとはどういうことか、そして彼らの苦しみの背景にある「家族」とはなにか、考えずにはおられない。

この連載では、「社会的養護」と呼ばれる枠組みを介して見える、現代の家族の姿や社会のありようについて考えてみたい。そして、彼らを支えようとする人や取り組みについても紹介したい。この連載を通して、私自身が、光を、希望を、見つけたいと切に願っている。

文=矢嶋桃子

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