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トロントで出会ったスタートアップたちは、どこも重厚長大な企業や業界とうまく連携している。医療分野のスタートアップ、Swift Medicalは医療従事者向けの創傷ケアサービスだ。「どんなに優れた技術でも医療機器は忙しい現場のワークフローにうまく組み入れられなければ使ってもらえない」とCEOのカルロ・ペレズが言うように、まだ創業3年目ながら複数の医療機関と提携してサービスを提供している。

元GEエンジニアのデレク・リム・スーは、AI援用技術でピーク時の電力消費を最適化、節電するソフトウェアPeak Powerを立ち上げた。カナダの資産家、デイヴィット・トムソンが投資しており、導入先の支援もしてくれる。もともとスタートアップのメンターとしてMaRSへ通っていたが、アクセラレーション・プログラムに関わるうちアイデアが次々と湧いてきて、ついに脱サラしたというユニークな経歴だ。

そして、どの起業家もトロントの魅力について口を揃えて言うのが、手厚いベンチャー支援策とともに、世界をリードするAI研究と豊かな人材だ。

「今日、科学技術のイノベーションは、国内だけではなく、グローバルな闘いです。今、イギリスはAIに、イスラエルはサイバーセキュリティに、日本はロボティクスに巨額な投資をしています。熾烈な競争を戦いぬかなくてはなりません」。そのため、人材については、日に日に要望が高まっている、とMaRSのサリム・テジャは言う。

「私たちが人材について考える際、独自の戦略で考える才能プールがあります。1つ目は、大学、大学院、博士課程から出てくる才能、2つ目は企業で働いているが、起業家になることやスタートアップに関わることに興味がある人たち、3つ目は既にスタートアップエコシステムの中にいて、次の段階にいこうとしている人たち、4つ目は帰国を選択肢に入れている海外在住のカナダ人、5つ目は、アメリカに行きたいと思っていたかもしれない国際的な才能です。

それぞれのプールで戦略を開発し、企業とマッチングさせることで、企業に求められる本当のリーダーシップを発揮し、さらなるスケールが可能だと考えています」。

テジャらは連邦政府と連携して、特定のビジネススキルを持つ外国人にたった2週間でビザを発行できる「グローバルスキルビザ」という施策を立ち上げた。このプログラムにはカナダ内の企業が申請できる。政府やMaRS内にコンシェルジュがおり、企業が求める人材を相談できる。配偶者のビザも出るというから、魅力的だ。また、これは外的要因だが、米国がトランプ政権になり、移民に厳しい政策を取り始めてから、トロント大学への外国人志願者数が80%も増えたというから驚きだ。

「トロントに戻ってきたら、案外住みやすかった」。

ちょっとニヒルに話すのは、冒頭に紹介した03年にシリコンバレーから戻ってきた連続起業家、ロイ・ペレイラだ。「そうするうちにまた起業しようという意欲が湧いた」とも。トロント市内の起業家や女性起業家のメンターとしても積極的に活動している。

真の地域の強みにフォーカスし、海外からの帰国者、移住者を優しく迎え入れ、地域全体で支える。競争優位のシリコンバレーとは異なる、イノベーション競争時代の興味深いサバイバル・コミュニティを見ることができた。


西村由美子◎在米ジャーナリスト、コンサルタント。89年渡米後、スタンフォード大学で医療制度問題の比較研究に携わる。

文=西村由美子 写真=ジェイソン・ゴードン 構成=岩坪文子

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