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「飲食加工業、鉄鋼業、自動車製造業……。いくつもの工場を飛び回っています。色々な製造プロセスを見ることができるのは、仕事の中でもとても面白いことの一つです」。そう話すのは、ビッグデータとAIで製造業の作業プロセス支援サービスを提供するスタートアップ、Canvassの共同創業者、コートニー・デイナーだ。米国の通信テクノロジー企業で10年以上のキャリアを持つ、IoT分野でのエキスパートだ。米国でのビジネス経験豊富なデイナーら3人の創業者が敢えてトロントを選んだ理由は3つ。

AI技術のグローバル・ハブとして世界をリードしていること、スタートアップに必要なリソースが豊かに集積されていること、外国人起業家にも公平で手厚いベンチャー支援策があること、である。

Canvassのターゲット顧客は大手製造業だ。製造プロセスに関わるあらゆるデータを活用してシミュレーションを実施し、製造効率の向上あるいは製品の品質向上には製造過程のどの条件をどのようにコントロールすればよいか、最適条件を予測する。

オンタリオ州は製造業の集積地だ。19世紀から続く鉱業をはじめ飲食加工業や自動車製造業などが集まる。しかし、08年の不況以後、業績は思うように回復せず、05〜15年の間で業績は18%減、雇用においては28%減、食品大手ハインツがコストを理由に撤退するなど、苦境が報じられている。

「起業のリソースが集積しているからと思って選んだトロントに、実は顧客企業が集積していました」。古い製造工程を残している工場も少なからずあり、改善の可能性は大きいとデイナーは言う。ヨーロッパ、北米の顧客のほか、カナダでは鉄鋼業、自動車工場などの顧客をすでに獲得。実際、わずかな条件変更で製造工程が大きく改善され、一度に600万カナダドル(約5億円)もコストを削減した事例があったという。

創業3年にも満たないCanvassのようなスタートアップが、重厚長大な製造大手から製造工程の(機密)データの解析を請け負っているという事実は、日本の状況を見慣れた目にはいささか信じがたいものがある。

実は、この協業を可能にしているのは前出のMaRSベンチャー・サービスやオンタリオ州のイノベーション推進策である。「政府やMaRSの担当者と密につながっていて、『今、こういう企業と話した。今度会うべき』というように、顧客につながるネットワークを提供してくれます」(デイナー)。

積極的なベンチャー育成策の一方で、これら新規ビジネスの顧客となる既存企業群向けにイノベーション推進事業を展開しているのだ。

「キーワードはBe Patient(忍耐強くあれ)です」と話すのは、オンタリオ州政府投資オフィスでデジタルテクノロジーとライフサイエンスを担当するバス・ダグラフィだ。「これからの時代、新しいテクノロジーが次々と出てきて、一体どの技術がどの技術と組み合わさり、価値を生み出すのかは分かりません。コミュニティが培ってきた技術を絶やさないこと。新しい技術と古い技術の両方に根気よく投資を続けること。これが政府の投資事業で最も重要な点だと思います」。

文=西村由美子 写真=ジェイソン・ゴードン 構成=岩坪文子

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