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時を同じくして05年、かつて放射線治療やインスリンが発明された歴史あるトロント・ジェネラル・ホスピタルを改築し、近代的な高層ビルと接続されたイノベーション・センターで、今やトロントのランドマークとなっている「MaRS Discovery District(以下、MaRS)」が創設された。

「当時、トロントは研究科学の分野では強みを持っていましたが、うまく商業化できていなかった。数十億ドルもの研究費が科学技術につぎ込まれていたが、それを商業化につなげるため、重要なパートナーをどう集めればよいのか。起業家、投資家、法人パートナー、学術機関、政府が本当に重要なコミュニティをつくるのをサポートするのはどうすればよいのか。そういったことを考える企業家、大学教授、慈善事業家らの有識者たちが集まったのが00年のことです」

そう語るのはMaRSベンチャー・サービス担当社長のサリム・テジャだ。

「彼らはシンガポールのバイオポリスやボストンを見て回り、多くの時間を費やしてMaRSのコンセプトを思いつきました」。

自らの資金を含め、各方面からの資金調達でまず病院の跡地の購入が決定。その後、オンタリオ州政府、トロント大学、カナダ連邦政府からの投資と民間資金を得て2005年に設立された。

設立当時は7万平方メートル、14年にはさらに7万平方メートルが増設されて、現在は世界最大級の敷地面積。約100社のスタートアップに加え、VCや金融機関、そしてエアビーアンドビー、フェイスブック、オートデスクなどの海外企業、またオンタリオ州政府、カナダ連邦政府、グーグルなどが約180億円を投資して昨年3月に設立され、「ディープラーニングの祖父」と呼ばれるトロント大学のジェフリー・ヒントン教授が主任科学顧問を務めるベクター研究所など、研究機関も入居する。

「MaRSベンチャー・サービス」は無料で受けられる起業家支援プログラムで、前出の起業家、Zoom.aiのロイ・ペレイラも利用している。MaRSがサポートしているベンチャーの資金調達額は設立当初から累計35億カナダドル(約3000億円)、1年の調達額は過去5年で約2倍強の8億6700万カナダドル(約740億円)に達している。

「我々のユニークな点は、よくある大学や企業、政府からスピンアウトした機関ではなく、独立した中立の機関ということです」。しかし、今に至るまでの道筋は決して平たんではなかった。

まずは、大規模なセンターを建設するためのインフラ資金が課題だった。非営利で資本が少なく、大きな賃借対照表がなかったが、オンタリオ州政府がインフラ整備を可能にするローンを提供してくれた。州政府との緊密なパートナーシップがなければ実現できなかったという。また、フォーカスしたいサイエンスとテクノロジーの分野の特定ができるかどうか。

世界中で行われていることをやっても仕方がない。本当に地域の強み、トロントの強みに焦点を当てたセクター(医療、エネルギー、金融、HR)を選ぶことが必要だった。さらに、起業家の変化のニーズへの対応。MaRSの初期の段階では多くのスタート段階の企業がいたが、成長とスケールが十分ではなかった。シリーズB(約500万〜5000万円の収益を持つ企業)対象のスケール・プログラムを新たに構築した。

また、もう一つユニークな点は、起業家向けのプログラムしかない他の多くのイノベーション・センターと異なり、既存法人と多く仕事をしている点だ。

「大企業の中には、どこを買収すべきか、買収の方法や企業との連携方法が分からない、という人たちもいます。また、医療やエネルギー、金融のような業界の一部は規制産業です。政策が追い付かない限りイノベーションが起こらない分野もあります。MaRSでは既存法人との協業に特化したグループもあります」(テジャ)。

文=西村由美子 写真=ジェイソン・ゴードン 構成=岩坪文子

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