逆に、高級車や宝飾品など「特上」商品を取り扱うブランドで、「並」の品質・価格設定の商品を投入するケースもある。高級車の代名詞、メルセデス・ベンツのコンパクトクラスは、かわいらしさ、使いやすさを前面に押し出し、シティ・タウンユースに適したスタイルで販売台数を伸ばしているという。
ジュエリーブランドが提供する「DIYジュエリー」もその好例。「ケイウノ」には、カップルが職人のアドバイスを受けながらジュエリーを作るプログラムがある。自分たちで作るため職人の工賃を省くことができ、かつ材料をカスタマイズすることでコストも抑えられるため、安価にジュエリーが手に入ると好評だ。
こうした「特上にプラス並」の事例の背景には少子高齢化がある。若者の需要の取り合いになっているいま、特上ブランドとしては早い段階から将来の顧客を囲い込みたい。そのために、本来ターゲット外の若い顧客向けにエントリーモデルを販売。消費者をその瞬間の属性で切り分け、ターゲット外と切り捨てず、成長する将来の顧客として長い目でマーケティングする、という近年の流れに沿った戦略だ。
さらに、特上商品は高額だからこそ顧客との絆が弱くなりがちだが、並商品は日常を常に共にすることで愛着がわいたりと、ストーリーが生まれることも見逃せない。こうしてロイヤルカスタマー化を促し、顧客に購買力がついたころに特上商品へとステップアップしてもらえばよいのだ。
中途半端を切り捨ててシンプルなラインナップで勝負するほうが、消費者に受け入れられやすいのは、情報が氾濫する時代だからこそ。作り手がフルラインナップでユーザーを迎えずとも、ユーザーは自ら情報を集め、意思決定ができる。作り手にとってもそれが利益となることは、これまで見てきたとおりだ。
無難に上を注文することを前提につくられたメニューだな、と思いながらも上を注文するよりも、作り手のプライドを持った商品の二者択一を迫られるほうが絶対に楽しい。格差拡大が問題視され、一億総中流時代もいまは昔だが、思想・嗜好の総中流化はつまらない。「とりあえず真ん中」が選べない世界は、思考停止が許されず厳しくはあるが、自律的な消費者を育て、多様なモノサシの存在を認めるという意味で、いまっぽいのかもしれない。
連載:電通Bチームの「NEW CONCEPT採集」
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春原千恵◎電通Bチーム&ビジネスD&A局所属。外資系金融2社を経て、現職。前職で培った知見を生かし、Bチーム「富裕層」担当。富裕層向けビジネス開発、ブランド育成に取り組む。