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大地の芸術祭実行委員長/十日町市長の関口芳史

新潟県越後妻有地域で3年に一度開催される「大地の芸術祭」。2000年からスタートした地域芸術祭のパイオニアは、地域の経済を、人々の意識をいかに変えてきたのか。「美術」を通して考える、これからの地域創生に必要な視点。


2000年に産声を上げ、今夏に第7回を数える「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」。15年開催時の来場者は51万690人、経済効果にして約50億8900万円という、地域アートの草分けである。国内外のアーティストが地域の棚田や空き家を活用してつくる美術作品が、期間中は100を超える集落に点在する。

一方で、地域芸術祭は全国で急増。その乱造には批判の声もあり、地域住民との関係性において摩擦を生むこともある。「地域経済圏と芸術祭」を考えるべく、いまこそひとつの“原点”を見つめ直したい。「1990年代半ばは『効率が悪い』地域を切り捨てる勢いが強い時期。

越後妻有には、そうした時代の流れが直撃していた。この地に生き、これからもここで頑張るしかない人たちにとって、『効率が悪い』と都市の価値観で切り捨てられちゃたまらないですよね」。そう語るのは、大地の芸術祭総合ディレクターを務めるアートディレクター・北川フラムだ。

新潟県は94年から「ニューにいがた里創プラン」というソフト重視の地域振興政策を進めており、越後妻有エリアが手を挙げた。ヒントを得るべく声をかけられたのが北川だった。「ぼくにとって地域おこしとは、その土地の人々が元気になるための“誇り”をもつこと。そのために美術が役に立つんじゃないかと。美術は本来、時代の課題や矛盾を、自然と文明・人間の関係性において表現する技術ですから」。

北川がアートを置く場所として注目したのは、地域では当然の環境として顧みられていなかった「里山」だった。とはいえ、最初は予算面のみならず、現代アートへのアレルギーも含め、地域から凄まじい反対にあった。2000回もの説明会を経て、何とか初回を開催。その後も地域住民とアーティストの共同作業を積み重ねてきた。

文=宮田文久 写真=小田駿一

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