「民俗学2.0」でAI時代を読む



Mads Perch / gettyimages

宇宙体験の"真実"

寅吉への質問者のなかには、当時の先端的科学者やテクノロジーに精通した人物がいた。

佐藤信淵は、蘭学の素養をもとに農政、物産、海防から天文、兵学、暦算測量について多くの論説を発表した博学の知識人だった。また国友能当は、鉄砲鍛冶の技術を継承するすぐれた技術者で、「気炮」と呼ばれる蓄気ボンベ式の高性能空気銃や反射望遠鏡反射望遠鏡を開発。反射望遠鏡では太陽黒点の連続観測をした。

彼らの興味に対応した寅吉の体験では、天体にかんする見聞がとても興味深い。寅吉は、空高く飛翔し、大気圏外の宇宙で、地球、星、月、太陽を観てきたらだ。

たとえば「星のあるところまで行ったなら、月のようすも見たのか?」という質問に対して、寅吉は次のように答えている。

「月は近くに寄るほどどんどん大きくなり、身を刺すように寒さが厳しく、無理して200メートルぐらいまで近寄ってみると、思った以上に暖かだった。(地上から)光って見えるところは、国土(地球)の海のようで、泥交じりのように見える。俗に『兎が餅を搗いている』と言われるところには、二つ三つ、穴が開いている。しかし離れたところから見たため、正体はわからない」。

寅吉のこうした答えに、平田篤胤が突っ込む。

「月の光っているところは、国土の海のようだと言うのは、西洋人が考える説からしても、そのとおりに感じる。しかし、兎が餅をついているように見えるところに、穴が開いている というのは理解できない。あそこはこの国土の山岳のように聞いているのだが……」。

すると寅吉は笑って、「あなたの説は書物に書いてあることをもとに述べているのだろうが、間違っている。私は書物を知らないが、近くで見て話しているのだ。師匠も山岳であると言っていたが、近寄って見ると間違いなく穴が二つ三つあり、その穴から月の後ろ側にある星が見えたのだ。だから穴があることは疑いえない」と断言する。

寅吉の月面観測は、"超能力"のたまものであり、"実体験"に違いない。仙童の確信を持って証言しているのだ。

テクノロジーの開発と感覚の拡張

ヴァーチャル・リアリティに関する説をもうひとつ紹介しよう。研究者のなかには、人間が捉えている世界が人間の感覚器を介して脳に投影した現実世界の写像であるならば、人間の認識する世界はすべて、人間の感覚器によるヴァーチャルな世界だと唱えるものもいる。

つまり、目や耳といった感覚器を通してしか理解することができないのは、我々が生きているこの「現実」世界も例外ではない。その意味ではこの世界もヴァーチャル・リアリティの一つでしかない。言い換えれば、ヴァーチャル・リアリティの研究とは我々にとっての新たな「現実」を生み出す探求なのだ。

『仙境異聞』に登場した知識人たちは、西洋科学に対する知識も豊富だった。しかし、彼らの質問に応えた寅吉の体験談はあまりにもリアルである。彼の宇宙体験をデマや虚言だと言うべきではないだろう。彼の感覚器をとおした「ヴァーチャル」な世界なのだ。

人間は科学技術を進展させ、このヴァーチャルな世界を拡大してきた。少年寅吉は仙界で空を飛ぶ能力を身につけ、やがては宇宙に飛び出て、天体を観測してきた。新たな現実を生み出す技術と感覚を追求していたのは、ヴァーチャル・リアリティの研究者だけではない。江戸時代の人々も、そんな世界に夢中になっていたのである。

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文=畑中章宏

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