ビジネス

2018.06.12

AI時代に向けたシンガポール国立大の挑戦と「責任者の生き方」

「Forest Wolf」の創業者兼CEO Crystal Lim


弱冠35歳の女性が責任者に

責任者のクリスタル・リムさんはシンガポール生まれ。奨学金を得てイギリスのダラム大学で法律を学んだのち、卒業後は就職先として金融業界、それも投資銀行を選びました。

24歳で最初の結婚をし、20代後半で男の子と女の子、ふたりの子どもの母親に。子育てをしながら、厳しい競争にさらされる投資銀行の世界で、アジア中を飛び回る生活をしてきました。そんな彼女に転機が訪れたのは、サブプライムによる金融危機のときでした。

「当時の夫も、同じ投資銀行の世界で働く人でした。サブプライムショックを機にふたりともこの業界を離れようと決め、シンガポールで所有していた家も車もすべて売り払い、家族でオーストラリアに引っ越しました。そこで小さな農場とぶどう園を買って、いままでとは真逆の自給自足のようなスローライフを始めたのです」

その後、会社を起業。主に年配の富裕層向けにホリスティックなリトリートプログラムを提供する会社を経営し、そこでの経験が、その後のシンガポール国立大学での「CFG」立ち上げに繋がっていきました。

「自分が大学に勤めることになるなど、まったく想像していませんでした。きっかけは偶然で、自分の会社で運営するリトリートでブータンを訪れ、参加者の人たちと瞑想していたとき、たまたま居合わせたエゴンゼンダー(世界的エグゼクティブファーム)のダイレクターから話しかけられたのです。

『君がやっていることは、とても素晴らしい。でも君のまわりは成熟した年配の人たちばかりだ。もっと若い、可能性のある人たちに広めるといい。今はどうやるかわからないかもしれないけれど、宇宙に意図を放てば、向こうからその方法はやってくると思う』と言われました。その後、彼からエゴンゼンダーのシンガポール代表の女性を紹介されて、お会いしたところ、シンガポール国立大学の話が来たのです」

偶発性をチャンスに変える

世界初の先進的な取り組みを、当時若干35歳の若さで取り仕切ったリムさん。彼女は今年、仕事とプライベート双方で、大きな転機と挑戦の時期を迎えています。

プログラムの立ち上げと導入が完了したCFGのプロジェクトは、今年の初めで終了。その後、立ち上げにともに取り組んだメンバーで心理学者のGregor Lange氏と再婚。彼と共同で新会社「Forest Wolf」を設立しました。


(左)Gregor Lange(右)Crystal Lim

「Forest Wolf」が目指しているのは、科学に裏付けられた人間のソフトスキルの開発に特化し、“人間にしかできないことの可能性に挑む”トレーニングをより多くの個人や民間企業に提供すること。世界有数の製薬会社数社が取り組んでいるリーダーシップトレーニングに導入されるなど、すでにめざましい成果も出始めています。

リムさんの生き方、そしてキャリアについて聞きながら頭をよぎったのが、私自身がキャリアについて考えていた大学時代に知った、スタンフォード大学のジョン・D・クランボルツ教授が提唱するキャリア理論「Planned Happenstance Theory(計画された偶発性理論)」です。

それは、「キャリア形成は予期せぬ偶発的な出来事に大きく影響されるものであり、その偶然に対して最善を尽くし、より積極的な対応を積み重ねることによってステップアップできる」という考え方。リムさんの選択の仕方からも、これからの時代において「偶発性をチャンスに変える」という、人間だからできるセンスや感覚を磨いておくことの重要性を感じずにはいられません。

シンガポールで始まるテジタル・AI時代の人間の可能性にかけた挑戦。成熟期を迎えたシンガポールが、今後も発展を続けられるかどうかは、この挑戦の結果にかかっていると言えるかもしれません。

連載 : シンガポール的ライフマネジメント術
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文=小川麻奈

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