ハーブやスパイスがふんだんに使われているブイヤベースですが、味と香りの決め手となるのはなんといってもサフランです。
サフランはイランやインドのカシミール地方で栽培が始まり、スペインがイスラム教徒によって征服された頃、イスラム人によってヨーロッパに持ち込まれたとされています。その効能は、イライラを鎮めたり、入眠効果を高めたり、月経前の不安定な気持ちや生理痛をおさえたり。また、滋養をあたえるので、かぜ気味のときにも効き目があると言われます。
香辛料として使うのは花の「めしべ」部分ですが、1グラムのサフランを得るのに約300個以上の花が必要だと言われるほど、スパイスの中でもとても高価なものです。
その希少さゆえ、過去には“代理通過”の役割を果たしていました。僕の住むニースはかつて「欧州の交通の要」だったサヴォワ公国であり、そこを通過する商人たちによりサフランが流通して比較的手に入りやすかったため、ブイヤベースのような地方料理にも使われたと言われています。インド地方でも同様だったと聞きます。
食文化が生まれたり根付いたりするのは、そうした交易、さらには戦争の副産物であることが多いというのは、皮肉というものでしょうか? ローマ帝国時代から様々な国に支配されてきたヨーロッパに住んでいると、如実にそれを感じます。
そんな南仏の5月は、カンヌ国際映画祭、モナコグランプリと華やかなイベントが続き、世界中からセレブや富裕層が集まります。ニースはその二都市の間にあるわけですが、この時期は特に、海辺にあるブイヤベースの名店に自分の船で乗り付ける人々を多く見かけます。サフラン特有の黄金色も、富裕層を惹きつけるのでしょうか……。
世界を短時間で移動するジェットセッターたちは、そうしてサフランとうま味たっぷりのブイヤベースを食べて一息つき、パリのローランギャロス(テニスの全仏オープン)やスイスのアートバーゼルへ移動していくわけです。食文化は気候風土と習慣が生み出す言いますが、この富裕層のルーティンもその一つと言えるのかもしれません。
ちなみに、朝市場に向かう時にニース国際空港の横を通るのですが、この時期から9月の中旬までは、いったい何台あるのかと思うほどのプライベートジェットが停泊しています。それを見るたびに、その機内はどれだけサフランとニンニクの香りがするんだろう、と思わずにはいれれません(笑)。
ニース在住のシェフ松嶋啓介の「喰い改めよ!!」
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