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ASIANEWS シンガポール支局長

ベネンシア(シェリー酒に使う柄杓)を使ってオリジナルカクテルを注ぐ後閑信吾

「こいつらには、敵わない。勝ったはずなのに、負けた」と思った。6年前、NYに来た時には、あんなに欲しかった世界一の座。それなのに「そんなもの、どうでもいい」と思わせる何かが、そこにはあった。

2012年2月、日本人バーテンダーの後閑信吾は、「Bacardi Legacy Cocktail Competition 2012 (バカルディ世界レガシーカクテルコンペテション)」の決勝の舞台にいた。地域予選、国予選、世界大会準決勝を勝ち抜いた世界トップの8人が、世界一の座をかけて、その腕を競う大会だ。

地域予選、国予選、世界大会準決勝

7分間でカクテルをつくりながら、プレゼンテーションをして、審査員にサーブするというのが、審査の内容だ。世界大会の決勝というだけあって、集まったのは、すべてにおいて素晴らしいバーテンダーばかりだった。

そんなライバルたちと戦ううえでの、後閑の弱点は、英語と人前で話すことがあまり得意ではないということだ。カクテルをつくりながら、いかに英語でそのストーリーを説明するかも審査の一部で、いちばん苦手とするところだった。

十分に説明できない部分を補おうと、ストーリーを知人に翻訳してもらい、審査員にそれを配った。もちろん、それだと「伝える力」は弱くなる。そんな様子を察したひとりの審査員が、決勝直前の予選で、「味もテクニックもいいのに、プレゼンテーションが弱い。Just Be Yourself(自分らしくすればいい)」声をかけてくれた。

予選で敗退した、前年の苦い思い出が頭をよぎった。同じことを繰り返すのでは、NYにいる意味がない。俺に足りないのは、かっこいいストーリーではなく、本音で話すことなのではないだろうか、と後閑は開き直った。



世界一はたまたま自分が手にしたもの

もともと、後閑は、目標設定をして、それをいかに達成するかを逆算するタイプだ。2度目の挑戦となるこの年、コンテストで披露するスピーク・ロウ(Speak Low)というカクテルも、後閑の周到な計算に基づいたものだった。

本来は、バカルディに紅茶を漬け込んで、香りのついたカクテルを考えていたが、スポンサーの商品の味を変えては、コンテストでは残れないだろうと、予選前日の営業が終わった明け方に気がついた。そのままバーにとって返し、急遽、新たなレシピを考えた。勝つための手段、それをあらゆる方向から考えて、分析し、準備する。それが後閑のスタイルであり、強みだった。

文・写真=仲山今日子

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