無能だった私を変えてくれた凄い人たち──女優 樹木希林さん(後編)

出演者と写真を撮ることは自戒しているのですが……。初年度、撮影の待ち時間にTBSドラマ「ムー一族」に出演していた希林さんが、劇中で金槌やビール瓶を食べるシーンが強烈で、「8歳の私は、毎週欠かさず観ていた」ことを話していたら、希林さんから「一緒に写真を撮ろうよ」と言ってくださり。最初で最後の貴重な一枚です。


そして、撮影当日。希林さんの楽屋に、CM監督の市川さん(以前のコラムに登場)と演出コンテの説明に行きました。諸々の事情を知っている市川さんが助け舟を出してくれました。

市川:松尾も、ギリギリまで頑張っていたんですが、今年はどうしてもこの設定でやりたいということになりましてね

樹木:……そうですか

私は希林さんに謝りました。

松尾:すみませんでした!

樹木:………

しかし、希林さんは、こちらに顔を向けてくれませんでした。そして、この年の撮影3日間、希林さんは、一度も私と口をきいてくれませんでした。一度も、目すら合わせてくれませんでした。

そりゃそうです。口約束を守らなかったのに、いの一番に楽屋に飛んで行って、土下座をして謝りすらしなかった。市川さんを盾にしていた最低の自分がそこにはいました。
 
努力したのだから、「きっと許してもらえるだろう」と高を括っていた甘えた自分がいたのです。それを見抜かれたのだと思います。プロに対しては、プロセスのアピールは何の意味もありません。

この『ほんだし』のシリーズCMは、翌年から母親が娘に料理する設定に戻りました。希林さんは、何事もなかったかのように、再び、にこやかに目を合わせ、話してくれるようになりました。そして、前年のことに触れることも一切ありませんでした。プロの覚悟、結果が全てのプロの厳しさを改めて感じました。
 
その後、私は、外資系の広告会社で最もデータを基にしたクリエイティブ表現をつくると言われていた米国オグルヴィ&メイザーに転職して、データを基にしたオリエン、データを基にしたストラテジーに囲まれて広告表現をつくってきました。
 
データを見る度に、頭の中で希林さんの声が蘇ってきます。「あなたの、その表現には、データに負けない、人の気持ちを動かす強さがあるの!?」 

希林さんと仕事ができたおかげで、今の私がいます。希林さん、ありがとうございます。

文=松尾卓哉

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