例えば、物理や数学で問われる論理思考力と、歴史科目や化学、生物などで求められる知識修得力に優れていれば、東京大学にも入学できるが、その二つの能力だけに安住している「高学歴人材」は、人工知能革命によって、必ず淘汰されてしまうだろう。
しかし、それにもかかわらず、毎年、春になると、東大合格者数ランキングがメディアに載り、その数を誇る進学校に注目が集まっている。
その背景には、「東大卒という資格を得れば、実社会での活躍や出世が約束されている」という「東大神話」があるが、それが全くの幻想にすぎないことは、多くの東大卒の人材が、昨今、骨身に染みて感じていることであろう。
残念ながら、いまだに、高校や予備校の教育界は、その「東大神話」や「高学歴神話」を後生大事に抱き続けているが、その神話は、これから到来する人工知能革命の荒波によって、消え去っていく。
では、東大卒の学歴でも淘汰される時代に、我々は、いかなる能力を身につけ、磨いていくべきか。
そのことは、近著『東大生となった君へ - 真のエリートへの道』(光文社新書)で詳しく語ったが、その要点を述べるならば、「学歴的能力」よりも高度な「三つの能力」を身つけることである。
第一が、「職業的能力」。これは、書物で学べる「文献的知識」ではなく、経験を通じてしか掴めない「職業的智恵」のことだが、この能力を身につけていくためには、スキルやテクニック(技術)だけでなく、ハートやマインド(心得)と呼ばれるものを身につけ、磨いていかなければならない。
第二が、「対人的能力」。もとより、その中核は「コミュニケーション力」であるが、特に、言葉以外の眼差しや表情、仕草や姿勢、空気や雰囲気などを通じてメッセージ交換を行う「非言語的コミュニケーション力」を磨いていかなければならない。
第三は、「組織的能力」。これからの高度知識社会では、メンバーの人間成長を支え、その知的創造力を引き出す「心のマネジメント」や「支援型リーダーシップ」の力を身につけなければならない。
しかし、この三つの能力の根本にある力は、やはり「人間力」と呼ばれるもの。そして、人工知能革命が到来する遥か以前から、実社会で活躍する優れた人物は、誰もが、この力を身につけていた。
不思議なことに、この最先端の革命がもたらすものは、懐かしい価値への原点回帰に他ならない。
連載 : 田坂広志の連載「深き思索、静かな気づき」
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